春はまだとおく




 鳶たちの移ろいとともに、九度山が色づいてく。翠から深緑へ。黄土から朽葉へ。すべての葉が落ちて、その枝先を彩るように淡い白雪が降って積もる。静かに。静かに、しんしんと。
 囲炉裏をかこんで大宴会だった昨夜。主君である真田幸村の生誕月ということもあってか、下戸の小助が珍しく酌を受けていた。才蔵から。甚八から鎌之介、六郎や三好たち。そして他の誰でもない、幸村から。
 春を前にしながら、物音なく虚空を舞う白花。はらり、はらり。まるで娘の白無垢のよう。僅かに預けた半身を、小助は申し訳なさそうに声をくぐもらせてゆっくりと離す。
 襟を抜いた小袖に、大袖を羽織って思い出したように立ち上がる。あと半刻ともたず、行灯の油が燃えてなくなってしまう。
 微かなすり足の音で起こしてしまったのだろう。それでは風邪をひくよ、しなだれかかっていた女をやんわりと叱りつける。浮かべるのはいつもの穏やかな微笑。
 布団にもぐった彼は唇だけを動かして、子供のように笑う。仕方がない子だね――と。幸村様からそのように言われてしまったら、小助はなにもできなくなってしまいます。



 みずき様は、幸村様を想って逝かれた。
 それが許されるのであれば、小助はしあわせなのですか?
 答えは、今でもわかりません。
 幸村様にはながく、永く幸福であって欲しいのです。
 そのように願をかけることさえも小助には、影には許されないのでしょうか?
 それこそささやかな――殿方にお聞かせするのもむずがゆい、初心な娘の幻想でございました。