cage 14




 彼女はいずれこの部屋を出て行く。互いにとって平穏で、ささやかな幸福というものは永く続かないのだと、理解している――つもりだ。限りある時間を嘆くよりも、その時間を後悔なく過ごすことのほうが重要で。ならばもっと色んな表情が見たいなどと、止めどない感情が浮かんでは消えてく。
 玲子が此処に来た理由が、気にならないと言ったら嘘になる。本家で何かあったならの話しだが、誠人はそれについて知る手立てがある。なら、その手立てを行使しないのは何故? 理由は簡単で、彼女が話してくれるのを待っているのもある。仮に話してくれなくても、自分と過ごすことで解決できるならそれで良かったりもするからだ。

「……ありがとね、玲子ちゃん」

 ベッドサイドに冷えたペットボトルを置く。彼女が起きる頃には、ちょうど良くぬるまったくなっているだろう。そんなことを考えながら、誠人は寝息をたてる玲子にキスを落とす。
 もう一回シたいや。静かに燻る欲と身体を冷えたベッドに沈めた。彼女の身体を優しく抱きしめながら、うとうとと船をこぎだす。遠くで携帯が鳴っている気がしたが、取りに行くことも叶わず寝入っていた。



 耳元で感じる荒い吐息に、くちくちと聴こえる控えめな音で意識を浮上させた。誠人がぼやけた視界をこらすと、そこには恥じらいの色を浮かべながら抱きついてくる玲子の姿が。手探りでもじつく腰を撫でると、ぷるっと小さく震えて。
 そう言えば、ピロートークすらできなかったっけと思い出す。物足りなさそうにしている彼女に唇を寄せると、寝起きの掠れ声で「ね、欲しいの」と訊ねる。すると喘ぎ声を噛みながら「欲しい」と消え入りそうに返してきた。

「ぁ……んっ! や……はず、かし……」
「これなら玲子ちゃんのペースでできるから、ね」
「でも、誠……」
「いーの。こういう時くらい、貪欲になってよ」

 ね? なんて訊ねるのも狡いと思う。何をするにも、彼女を上手く誘導してると思う。そうすれば拒否できないのを理解しているし、自分も満足できてウィンだからだ。
 誠人は楽に小さな身体を跨らせてしまうのであった。実にぎこちない腰つきで根元まで迎え入れ、玲子は恥ずかしそうに表情を隠して身体を揺すりだす。ぐちゃぐちゃと粘着質な音が響いて、気持ちいい箇所に触れたのか、追い上げるように執拗になって。

「あ、あ……! んっ、んん……」
「奥のほう、優しくとんとんしてあげるときゅうってするね。きもちい? 玲子ちゃん」
「ふ……ぁあっ、だめ……誠人」
「やっぱり、俺の上にいる玲子ちゃんは綺麗だよ」

 半身を起こしながら揺れつづける細腰を掴んで固定してしまう。没頭しようとしている玲子のペースを乱すように、わざと気まぐれに下から突き入れ、その反応を、表情を覗きこむ。
 とろりと垂れた瞳がもどかしそうにしながら、明確に快感を求めて潤んでる。上気しきった頬に、忙しなく動く細い喉、さらさらと広がった黒い髪。半分は、自分と同じもの。でも此処まで男女の差が如実であると、何処を取っても別物のように感じてしまう。

「ね、誠人……わたしの、ナカってきもちい?」
「気持ちいいよ。今だって、とろとろなのに、きつく締まってさ……エッチ、だね」
「ほんと……? ふふ、よかった」

 ベッドが小さく軋むのに合わせて、肌と肌のぶつかる音が響く。コリコリとしつこく最奥を苛めてやりながら、誠人は細い首筋に顔を埋める。このまま、このまま――。飛びかけた意識を戻そうとして、玲子の柔肌をきつく吸ってしまうのだった。
 慌てて唇を離したときにはすでに遅く、白い肌に紅い痕が残ってしまったではないか。もったいないと思いながらも、その一方では「してやったり」とも思ってしまう。相変わらず矛盾、背反した感情だ。

「ごめ、ん。残すつもりじゃなかったんだけど」
「いいよ、誠人。いいの、謝らないで」

 びっしょりと背中に汗が伝うのが分かる。サイドに置いたペットボトルは開けてあり、誠人はその中身を飲む。乾いた身体に水分がしみてくのを感じながら、もぞりと彼女の膝上に丸くなる。
 それから二人してベッドで過ごして、どれくらいが経った頃だったか。玲子がシャワーを浴びている間に、誠人は携帯の着信を確認していた。小宮からの呼び出しに、陽が昇ってから応じることにするのであった。



 その日は玲子を連れて街に出た。せっかく横浜まで来たのだし、行きたいところの一つくらいあるだろう。そう思っていたのだけれど、彼女は「お祭りで中華街に行けたし」と笑って、申し訳そうにしながらその無欲ぶりを発揮した。
 途中でゲーセンに寄ると、対戦台が空いていた。キャッチャーで遊ぶのもほどほど、示し合わせたように「やる?」と訊ねあう。そして筐体前のイスに腰かけると、コインを投下してボタンを押す。

「いやぁ、燃えた燃えた」
「空いてるとはいえ、連コは気が引けたわね」
「ほんとだぁね。――あ、玲子ちゃんにコレ。俺、ちょい呼ばれてるから」
「分かった。気をつけてね」

 マンションの鍵を玲子に渡し、現地解散の判断をくだす。下手に小宮のことや、出雲会のことに首を突っ込ませるのは避けたかったからだ。
 見慣れたあたりまで彼女を送り届けると、タバコを吹かしながら携帯を鳴らす。誠人からの着信だからなのか分からないが、三コール以内に取られた。

『久保田さんっスか? 昨日は』
「あー……ごめんごめん。俺のほうも、ちょっとね」
『珍しいっスね。何かあったんスか』
「いんや。プライベートが充実してただけ」
『…………自分、これからなんで切っても』
「小宮、それちょい待てる? 俺、今から行くよ。近くだし」

 最寄りのコンビニだけあり、此処から事務所までは徒歩で十分圏内。電話を切り上げた誠人は、玲子の番号を鳴らす。手短に遅くなる旨を伝えると見慣れてきた事務所へと到着したのだった。
 小宮について店舗の集金廻り。二軒三軒と廻ってくなか、最後の店を目前に彼の携帯が鳴る。二言ほどで切りあげられた短い会話。だが、何やら思い詰めた様子で「スミマセン。最後の店、頼んでもいいっスか」と言うものだから、誠人は断る理由もなく「別にいーよ」と軽く返して別件にかかるよう促すのだった。



*つづきは製本で会いましょう!