Accept 01
これは彼がすべてを放棄し、彼女もそれに殉じた事象である。
刻は進んで二二〇〇年、一月初頭。
新年祭で賑わうのは、いまだ施工途中である第十三階層都市のカグツチ。そこに再び降り立ったのは、第四師団の衛士である少女ノエル=ヴァーミリオン少尉だ。胸中に募る焦燥とは裏腹に、いやに落ち着いた足取りで船のタラップを降りる。
現地の支部で軽いブリーフィングを済ませ、彼女は諜報員の男と二人一組になって街中を警邏してまわっていた。ドクンドクン、ドクン。何故だろう、中華街を抜けて裏路地へと近づくほど、胸の鼓動は早くなる一方だ。
「ヴァーミリオン少尉、どこか顔色が優れませんねぇ?」
「お気遣いありがとうございます、ハザマさん。でも、大丈夫です」
そう言った彼女に対しさして関心が無いのか、男は「そうですか」とだけ返した。
この男と行動を共にするのは初めてでない気がする。何故、そんな気になっているのだろう。分からない。
途中で二手に分かれ、街の東西を見てまわる。喧騒から遠く離れた場所を女ひとりで見るのには勇気が要ったが、この高鳴る鼓動の正体が気になるのだ。
「誰か、居るの……?」
壁に凭れた青年の、射抜くように鋭い翡翠の双眸が睨める。その雰囲気に、ノエルはどことなく既視感を覚えた。それと同時に胸の底に巣食った感情を言葉にするなら本能的な恐怖。彼に対してそれを感じたのは初めてのことだった。
以前からどこか近寄りがたい不可侵の気配みたいなものはあった。だが、今さっき青年が見せたそれはそんな綺麗な装飾ではない。無垢な少女に向けられたのは、その下に隠されていた本能や渇望そのものだ。それを反射的な速度で容赦なく、無防備に呼吸で上下する喉元に突き付けられたような感覚。
どう声を掛けようか迷っていると、鞘に納めた愛刀を杖代わりに力なく立ち上がろうとする。消耗しやつれてはいるが、それでもなお虚勢を張ろうとする様に心のどこかで安堵した。
「一輪いかがですか」
それはちまたで流行している恋愛小説の一文だった。ヒロインの少女が庭先の薔薇をつみ、高貴な身分の男へと差し出す――とても無邪気で愛くるしく、それでいてどこか淫靡なシーンのように彼女は感じた。彼をその高貴な男に見立ててみたが、それを知ってか知らずか恐らく後者だろう。とっさの判断で編んだ術式を青年は無言で受け取った。
「おあがりください、キサラギ少佐」
しかし、刷り込みや慣れとは恐ろしいものだ。寮にある部屋に戻るまで終始無言だったが、日頃がそうだっただけに少しも苦しくない。元から扱いに優しさなんて無かった方だ。だから、どんな風に抱かれようとも構いはしなかった。
そもそも金にモノを言わせて連れて来たのだ。優しさなんて求めてない。それなら一体なにを求めていたのだろうか。まったくもって分からない。――ああ、そうだ。何でもいい、とにかく彼の捌け口になりたかったのだ。
「くそッ……くそっ! 貴様などに、貴様などに……ッ!」
あの冷徹とも取れた彼が、こうも容易く感情を乱している。よほど不条理に対する感情のやり場が無いのだろう。それを毛嫌いしていた女に助けられたというのも、彼のプライドを充分に逆撫でているに違いない。
おそらく最大限に有効と思える方法をもって傷を負わせようとしてくるはずだ。それがまさか女として傷を負わせにくるとは思わなかった。極限状態の彼に残っているのは本能と矜持。それだけだ。どれだけ雑に扱われようとも、受け入れるように出来ているのだから本当に便利なものだ。
濡れて張りつく下着越しに、硬くいきり立ったそれを感じる。その獰猛さが異常を語っている。ぎちぎちっ……と薄い膜が裂け、一気に奥まで穿たれる。ただ、お互いに最低限しか肌をさらしてないのが何よりの答えだと感じたけれど。
――ギシギシッ、ギシッ……ギッ
大きく雑に動かれるたびに、その広い背中へと爪をたてる。突き上げたり、掻きまわしたりと体重のかかり方が変わるから、それに合わせて小さなベッドが悲鳴をあげるように絶え間なく軋む。
夜明け前の薄暗い部屋に、互いの荒い息遣いだけが響く。それ以外は許してないと言わんばかりに、初めての身体に楔を打ち込まれ続けた。それでも悦んで締まる未熟な身体に、彼が上り詰めるのも時間の問題で。息を飲む回数が増えていき、突き入れるペースも速くなった。それがずっと続けばいいなどと堕ちたことを頭の片隅で考えていた。