Cage 02
慌ただしく訪れた放課後。ホームルーム前の約束どおり、城崎は誠人のもとを訪ねてきた。机を挟んで座って、少年たちはカードを混ぜはじめる。互いに順序を決め、カードを配る。
使い慣れているトランプは、正直、使いたくなかった。傷の入り方ひとつ、それだけで何のカードか分かってしまうから。誠人の手札は悪くない。何故なら、ジョーカーが手元にいるからだ。
ちらりとメガネの奥から視線を流す。彼の手札はあまりかんばしくないようだ。おそらく三枚くらいチェンジするだろう。ブラフを立てるのは簡単だが、圧倒的に不利な状況でおいても正々堂々としている姿は清々しいくらいである。
「……じゃ、始めよっか」
「久保田くんって、宗方さんの、なに?」
「キョウダイみたいなコイビト? コイビトみたいなキョウダイ? いずれにせよ、赤の他人とは違うカンケイかな」
「……? どっちも同じように聞こえる、けど」
「俺と彼女はちょっとだけ深くて、ドロッドロしてるかも。――なんてね?」
いきなり切り出された本題に、近からずとも遠からずな答えを返す。とはいえ、無難な言葉を垂れるのも疲れた。手札絡みのブラフよりも、彼には精神的な揺さぶりの方が堪えるかもしれない。そう思って、振ってみたら。
いったい何を想像したのだろうか。城崎の頬はみるみるうちに紅潮していく。実際のところ、遊び疲れて寝入った彼女の表情を眺めて過ごす夜もあった。あながち嘘ではないし、間違いでもないはずだ。
最初でこそ誠人は髪を優しく梳いていたが、そのうち飽きて彼女の細い首に触れたのを覚えてる。両手で掴めば絞まりそうな白い喉元。呼吸に上下する膨らみだした胸のライン。はだけて捲れあがった着物から覗く柔らかな太もも。どこに触れてみても心地よく、あたたかった。
「僕の負け、かあ。はは、悔しい……ね」
「城崎くんは純粋に強かったよ。で、踏ん切りついたの?」
「まぁ……ね。僕がキミくらい強かったら、彼女を守れるのかなあ。こうやって」
「やめておいたほうがイイと思うよ。少なくとも俺みたいになるのは、ね」
トランプを片付けると、城崎に別れを告げてそそくさと帰路につく。ぐるぐると思考はまわる。面白くない。彼女が誰に笑っていても、久保田誠人にだけ見せる表情があった。それだけで充分なはず、なのに。
――久保田くんて、宗方さんの、なに?
満たされないなにかが、そこに在った。乾いたそこは、軽くつついただけで崩れて落ちそう。あの時の問いかけには無難かつ適切に返したはず。なのに、モヤモヤとしたものが残っている。
誠人は帰宅するなり調理場に顔を出し、舟和の芋ようかんがおやつであることを確認すると、離れにある自分の部屋を目指した。廊下を渡ってすりガラスの張られた障子を開け、ランドセルを放り投げる。
「……確かに俺って、玲子ちゃんの何なんだろーね」
弟。好敵手。同年代の男の子。単なるゲーム相手。とりあえず浮かんだものを列挙してみたが、どれも腑に落ちない。
彼女の身体に触れた夜、しなやかな体躯に押し伏せられたのを思い出す。結んでいた髪がほどけて、背中に広がって、さらさらとこぼれ落ちて。
『誠人が下に居るぶんには、なんとでも逃れられるでしょ?』
『そうだね』
互いにもっともなことを言いながら、もどかしそうな視線が自分を見下ろしてきて。そして形容しがたいほど切なそうな息遣いで喉仏を食んで、細くも柔らかくもない首筋に口唇が触れる。
つたない誘惑――とろりと下がった目元と、どこか恍惚とした少女の甘えた声が未熟な少年を釘づけにしたのだ。
「まさか、ね」
行きついたひとつの答えに、誠人は目を背けるよう瞼を閉じた。そこに在るのがどんな感情であれ、彼女だって持て余しているのは間違い無いだろう。自分だってどう扱うのが最適解か、まったく分からないのだから。
姉だの弟だの血縁だとか、男と女であろうとなかろうと同意の上であれば問題ないと思う。……あの時それがあったかと問われれば否であるが。今度、冗談めかして訊いてみようか?
やり場なく両手を広げてゴロゴロと畳に転がっていた誠人だったが、カチッと小さな音をたてて五時を指した時計を見やる。そろそろ彼女が戻る頃か、と思い出して身体を起こす。宿題の準備だけを済ませて、二階にある部屋へと階段を上がって行くのだった。