cage 08




 彼女の荷物は最低限と言うか、この場合は着の身着のままと言ったほうが適切かもしれない。シンプルにまとめたクラシカルな普段着に、財布とか携帯が入っているだろう肩掛けのシンプルなバッグ。
 玲子は思い出したように携帯を見つめて「ちょっとかけても良い?」と訊くから「席外そうか?」と返す。誠人の言葉に緩く首を振り、目当ての番号を鳴らした。数回コールしたあと、受話の音が聞こえる。

「あ、もしもし。千鶴さん? あの、ね。住所、訪ねたら誠人に会えた」
『本当に? それは良かった。夏休みだし、せっかくだからお泊まりしておいでよ』
「えっ、それはちょっと」

 途切れ途切れに聞こえる程度だが、電話の向こうでやいやいとしている千鶴の姿が目に浮かぶ。困った様子
で視線を流す玲子に、誠人は「俺が変わっても良い?」と変わる旨を提案。彼女から渡される携帯電話に耳を当てて、ソファーに預けて丸めていた背筋を正す。

「久しぶり、千鶴さん。元気?」
『お、誠人じゃないの。会わなかった間、ちょっとは男前あがったんじゃない?』
「それはちょい分からないな。玲子ちゃん、俺のところに居るから……そっちで何があったか分からないけど、しばらく隠しておくね」
『私も夏休みいただいてるから楽に過ごさせてもらってるけど、本家には適度に工作しておくから安心して』
「相変わらず頼もしいね、俺からも連絡して良い? 泊まりになるなら千鶴さんの手が必要になるかもしれないし」
『オッケー! 必要なら連絡してね、誠人。お嬢さんによろしく』

 ピッと通話を切って携帯電話を返す。誠人が対応してくれなかったら、あのまま彼女のペースで遊ばれていたに違いない。ふぅ、と小さく息を吐く。
 用意されたブランケットをかけながら、玲子はソファーに丸くなる。乾いた髪を、誠人の大きな手が優しく撫でて梳って。飛び出た耳朶を悪戯に擽るよう指先が触れてきた。

「しばらくウチで隠れなよ。必要なものあったら言って」
「うん。わかった」
「おやすみ、玲子ちゃん。ゆっくり休んでね」
「ん……おやすみ、なさい」

 とん、とん。ゆっくりと脈打つ鼓動を真似るよう、優しく胸元にリズムを取る。子供を落ちつかせる手段だが、大人になっても通用するもののようだ。玲子は次第に瞼を閉じ、やがてすぅっと寝入っていった。
 静かに誠人はリビングを抜けて、財布を持つとコンビニへ向かう。タバコを切らしておくのもさすがに限界があったからだ。消費期限の関係で少し値下げされた新商品を手に取ると、二人ぶんをカゴに入れる。それから忘れないよう「セブンスター二つ」と注文をつけて、買い物を済ませるのだった。
 雨があがったあとの夏らしく少し蒸し暑い。ぼーっと空を見あげれば、夜闇に浮かんでいるのは半月だった。そういえば虫の鳴き声を耳にすることも減った気がする。そんなことを考えながら、誠人はマンションの部屋に帰宅するのであった。