cage 09




 朝。起きてからの一服を終えて寝室から出てきた誠人は、手探りでメガネをかけながら玲子の姿を探した。キッチンのほうから物音がする。それから、ベーコンの焼ける匂いとかも。

「ごめんなさい、勝手に食材とキッチン借りちゃって」
「いや、大丈夫。俺、ちょっと出かけるからシャワー浴びてくるけど……チャイム鳴っても応対しなくていいから」
「ん。分かった」

 どんな格好だろうと玲子なら応対しかねないので、念のために釘を刺しておく。準備もそこそこに脱衣場へ向かうと、誠人は雑にTシャツを脱ぎ捨て洗濯機へ放る。
 冷たいシャワーで寝汗を流して、泡立てたシャンプーを洗い流す。手早く済ませてドライヤーをかけていると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴らされる。内心で深く溜め息をつきながら、着替えつつ応対に向かう。

「おはようございます、久保田さん。珍しく今日は早かったっスね」
「まぁね。まだ時間かかるから、とりあえず上がって。今日も暑いっしょ」

 部屋を訪ねて来たのは出雲会年少組の副長を務めている小宮だった。派手なシャツを着こなした彼は、予告していた時間どおりに現れた。今日は少しばかり手がかかりそうな取り引きだが、幹部のひとりになってしまった以上は仕方がない。

玲子ちゃん、朝からごめん。お客――って言うか、小宮だった」
「だったって、久保田さんヒドイっすね。あ、ども。小宮です。えっと……」
「小宮さん、ね。はじめまして、玲子です。済みません、こんな格好のままで」
「男のロマンじゃない? こーゆー女の子と過ごす朝って。――ね、小宮」

 言いながら誠人はシャツの前のボタンを留めて、それからカフスを留めようと試みるがやっぱり上手く留められない。見かねた玲子がカフスを留めてやり、ついでにネクタイを綺麗に締めてやる。
 話しを振られた小宮という青年は「俺に同意を求めないでくださいよ」と呆れて返しながら、気まずそうに玲子から視線を外そうとする。が、どうあってもシャツの合わせ目から見える素肌に目線が向いてしまうのであった。

「誠人ったら相変わらず朝は胃が受けつけないみたいで……朝ごはん、まだでしたら一緒にどうですか?」
「えっ、じゃあ……自分、呼ばれても良いっスか。久保田さん」
「どーぞ? っていうか、俺を起こしに来る暇あるなら朝くらいちゃんと食べなさいよ」
「小宮さん、誠人にだけは言われたくないと思うわよ。本当、その摂取量でよく身体がもつわね……?」
「俺はこう見えて燃費いーの。コーヒーとタバコがあれば生きていけるっていうか」

 カリカリにベーコンを焼いて卵を添え、あたたかいコーヒーとトースト。これでもかなり簡単に用意したほうだ。軽めにしたと言うのに、誠人はまったくと言っても良いほど手を付けようとしない。
 コーヒーを啜りながら彼はぺら、と朝刊をめくる。三人して朝食を済ませると、玲子は忙しなく洗い物をはじめる。こうして見ていると彼女がゆっくりできる時間は無いのでは? などと思ってしまう。

「久保田さん久保田さん。彼女、えっと……玲子さんでしたっけ。もしかして女っスか?」
「んー……恋人みたいな姉弟? 姉弟みたいな恋人?」
「……? どーゆー意味なんスか、それ」
「そのまま、だよ」

 声をひそめてぴんっと立てられた右の小指に、誠人は顔色を変えずに煙にまく。そういえば昔もこんなふうに言って、まいたことがあったっけ。でも、恋人みたいな姉弟で姉弟みたいな恋人と言うのも、あながち間違いでは無いような気がするのだ。
 玲子にジャケットを羽織らせてもらいながら、深く息を吐く。彼女は何処まで知っているのだろうか? 雀荘に入り浸ってることは掴ませたが、尾行されていると感じてからは用心して年少組の事務所へ近づかなかった。だから、それに関しては知らないはずであるが。

「ちょっと行ってくる。チャイム、鳴っても出なくて良いから。それと、予定より遅くなりそうなら連絡する。夕飯はどうだろ? ちょい分からないから、先に済ませてて」
「分かったわ。誠人も小宮さんも、気をつけて行ってらっしゃい」

 正直、彼女を独りにしておきたくないと言うのが本音だ。弱っているからと良からぬことを考えるタイプでは無いが、何かと抱えがちなタチではあると感じる。それを上手く引き出せるかは分からないが、今回は相当参っているようであったのは確かであった。
 玲子が突然、自分に会いにきた理由。いったい何があったのだろう? 離れてからの三年、どう過ごしていたのだろうか。誠人の疑問は尽きない。タバコを吸って気持ちを切り替えると、横浜湾に停泊しているタンカーへと乗船した。