cage 10




 ふたりを見送った玲子は、洗濯機をまわしながらリビングで膝をかかえた。あの小宮と言うひと、パッと見や話した感触では普通の青年だったが、どことなくカタギと言う雰囲気では無かったように感じられる。
 この辺りを仕切っているのは、確か出雲会だったか。どんな要件であれ、誠人が無事に帰ってきてくれれば良いけれど。そんなことを考えながら、玲子はテレビをつけた。
 午後の情報番組を見ながら、洗濯ものを干す。それから掃除機をかけて、ゴミ出しの日程を確認する。長く泊まりこむつもりは無いが、だからと言って世話になりっぱなしなのは気が引けたから――なのだが。

「……行ってらっしゃい、か。ふふ、なんだか恋人みたいね」

 思い出して表情が緩む。相変わらず朝は食べなかったが、まさか誠人がカフスが留められないタイプだったとは思いもしなかった。あの様子では、多分ネクタイも同様だろうと思う。
 ゆっくりとした午後を過ごして、屋内に取りこんだ洗濯ものを畳む。それからシャワーを浴びて、軽く夕飯を済ませることにした。パスタを茹でようと立ち上がりかけて、携帯電話の着信音が鳴る。

『あ――もしもし? 俺だけど。帰り、遅くなるから夕飯済ませておいて』
「分かったわ。気をつけてね、誠人」

 名残惜しくなるからと、つい手短に済ませてしまった。たぶん、お互い同じようなところだろうと思う。携帯電話をソファーに放り、玲子は改めてパスタを茹でにキッチンへ向かう。
 一人前を計って茹で、ふと目に留まったアラビアータのソースに興味惹かれて食べてみることにした。陽は落ちきってしまい、慌てて部屋に明かりをつける。光源を確保すると、手早く片付けを済ませに立つ。そうやって過ごしていると、ガチャと鍵の開けられる音がした。

「ただいま」
「おかえり、誠人。お夕飯は? 済ませてきたの?」
「ん、いちお済ませてきた。気が気でなかったケドね」

 玲子はとっさの反応に困って眉を下げる。気が気でないという言葉に、色んな意味が含まれているような気がしたからだ。とりあえず誠人からジャケットを受け取ると形が崩れないよう、ハンガーに掛ける。
 ネクタイを引き抜いた彼は襟のボタンをひとつ、ふたつと緩める。よっぽど窮屈だったのか、はあ……と溜め息をひとつ洩らす。そんな姿に彼女は手を伸ばし、労うように頭を撫でた。

玲子ちゃん」
「どうしたの? きゃ」
「柔らかくて、気持ちい……なんか、ホッとする」

 不意に呼ばれて、返事をしながら首を傾げる。すると、大柄な体躯に抱きしめられてしまうのだった。背中に腕をまわすと玲子はしっかりと応える。どう声をかけるのが最適なのだろう? 分からない。
 促されるまま、寝室まで付き添う。部屋の照明をつけると、そう経たずに誠人がセブンスターに火を点けた。ゆっくりと煙を吐いて、タバコを味わう。ベッドサイドにある灰皿に短くなった残りを押しつけて揉み消すと、身体を沈めた誠人は傍らに来るよう手招き。

「ね、玲子ちゃん。聞いてもいい?」
「うん」
「俺と離れたあと、誰かと付き合えたりした?」
「城崎くんと、友達から……って言うのはあったけれど」
「ふーん。どこまで許せたの」
「えっ。それ……は……」

 鋭い視線が覗いてくる。声色こそ優しいけれど、教えるまで離してくれそうにない。玲子は言葉に迷いながら「キスくらいは……」と小さく続けた。
 城崎と付き合っていた三年という時間の中、恋人らしいことを考えて、提案してみたけれども。あの時のそれが正しかったのかは、よく分からない。その話しを聞いた誠人はどこか納得したように頷いた。

「していーい? キス」
「……あ、誠人……ちょっと……」
「ダメ。ガマンできない」

 切羽詰まった様子の誠人は、軽口みたいな声音とは裏腹に玲子の頬に手を添えて静かに上向かせた。嫌でも合う目線に、熱を帯びていった瞳だけが見上げてくる。そらされることの無い双眸が、諦めたように閉じられて。
 下唇を食むように優しく吸う。ちゅっちゅと何度も音をたてて繰り返し、微妙に触れ合わせる角度や吸いつく強弱をつけた。呼吸が苦しくなって薄く開いた口腔に、舌先をもぐりこませて――音をたてて貪る。
 混ざりあった唾液を、玲子は不可抗力といえコクンと飲み干した。快感と羞恥から潤んだ瞳で恥ずかしそうに誠人の表情を覗いて、より一層にキスが激しくなっていくのが分かる。まさか、城崎とのことを嫉妬している――とか?

「ごめ、加減できなくなりそーだから今日は止めておく」
「は……ぁ、誠人のばか……」
「ごめんって。まさか彼と付き合ってたとはねぇ、順当だけど、ビックリしたかも」

 ぎゅっと再び両腕の中に収められてしまう。執拗なまでに首筋や鎖骨に唇が落ちて、でも精一杯の譲歩なのか痕跡は残そうとしなかった。そのまま他愛のない話しをしながら、夜はふけていったのであった。