cage 12




 月末の日曜日――祭りの日はそう経たずに訪れた。
 夜のとばりが降りるより少し前、遠くから囃子や太鼓の音がする。中華街が近いこともあり、中華系の要素も混じっているのだろうか。よく分からないけれど、祭りから感じる異国情緒に玲子は胸を躍らせた。
 シャワーを浴び終えると手早く髪を乾かして、薄く化粧をする。うなじにかかるようポニーテールの要領で黒髪を纏めあげ、アイロンを充てて毛先を巻いているようなクセをつけた。それから浴衣を着付けて、腰紐を通し、帯飾りを留める。何度も鏡を覗いて姿を確認すると、玲子は玄関先で待つ誠人の元へ向かった。

「似合ってるじゃない。やっぱり和装が映えるね」
「誠人だって似合うと思うわよ?」
「俺が和服とか着るとさ……コワーイ人に見えるらしいから」

 納得いかない玲子は「えー」と不満を口にしたが、一体どこまで本気なのだろう。身長があってしっかりした身体つきをしているのだし、似合いそうに感じるけれど。そう思いながらも黒塗りの下駄を履き、寄り添いあうように彼の隣りを歩く。
 人波に出くわすと、何処か落ちつかない。どれだけ睦まじくしていようと周囲の目が――姉と弟なのが知られているのではないかと言う不安に駆られる。彼女の様子から何かを感じ取ったらしい誠人は耳元で「俺たちが姉弟だって知ってる人間なんて何処にも居ない。ほら、行こ?」と優しく促すのだった。

「――あ。誠人」
「ん? どしたの」
「ふふ、私の初恋泥棒さんだ」

 そう言って彼女が指さしたのはフルーツ飴の出店にあった、いちご飴だった。あの当時の記憶を思い出し、彼女の指先を食みたくて堪らなかったっけなぁと感慨深くなる誠人。
 中国ではタンフールーと言うらしく、果物にサンザシと呼ばれる赤い果実を使っている。日本で流行っているのはサンザシではなく、より馴染みのあるいちごを使用したものになるらしい。韓国ではタンフルと言い、いちごやパイナップルなど幅広い果物を使うのだとか。
 店番をしていた老女の説明に「へぇ」と相槌をうちながらいちご飴を買って、ふたりで分け合うことにした。帰りがけに一粒一粒、交互に食べながら歩く。残った最後のひとつを竹串から外すと、誠人は「あーんして」と玲子の唇にコーティングされたいちごの果実を寄せる。

「あ……の、恥ずかしいんだけど」
「いいじゃない。ほら。あーん」
「……ん……」

 柔らかな唇が糖蜜の光沢があるいちごに触れる。恥ずかしそうに口許が動いて、少しづつ咀嚼してく。最後の一口まで残したところで、焦れた誠人が食べてしまう。ちろ、と舌先を出して曖昧に濡れた指先を舐める。美味しい。そう言ったのが先か、あとだったのかは玲子の反応から窺い知ることができるだろう。

「誠人。あの、ね」
「ん。どしたの、玲子ちゃん」

 いつもありがと。その言葉と共に柔らかい感触が触れる。唇に届かなかった彼女の唇は、シャツから覗く誠人の喉元へと触れたのだった。
 そういえば、と誠人は思い出す。彼女に初めて触れた夜も、こんな風に喉元へ触れられたっけ。――と。あの時でこそ未熟な色香と感情を伴った行為だったけれど、今になったら別の意味合いにも取れてきて。
 精一杯なのかもしれない、玲子なりの。そう思い至ると、堪らなく込み上げてくる感情があって。その熱量が赴くまま、誠人は小さな手を引いて寝室へと向かうのであった。

「ね、玲子ちゃん。キス、して」
「え……いい、の?」
「うん。いいよ」

 おいで。ベッドに腰かけて、自分の隣りを叩く。寄ってきた玲子を捕えると、優しく抱き留めるように支えながら馬乗りにさせてしまう。浴衣の合わせ目が割れる羞恥に頬を染めながら、彼女は控えめに触れてくる。
 首元に何度も唇を落として、そのたびに細い腰が不安定さに揺れる。無骨な手ですりすりと尻の丸みをたどった。耳元に軽く吸いつかれた瞬間、興奮に上擦った少女の声が抜けていくのが分かる。堪らず誠人は息を飲んだ。

「ん……んんっ、ふ……誠人……」

 ちゅ、ちゅ、と唇を啄んでくる。繰り返し名前を呼びながら、髪を撫でて指先をもぐりこませて、少しだけ上向かせる。穏やかで丁寧なキスを落ちつけると、玲子の両手が頬に触れた。
 それを合図に誠人はメガネを外す。どうにかベッドサイドに避難させながら、見えづらい視界で彼女からの愛撫に応える。舌先が触れ合って、吐息と熱が混ざり合う気がした。ぴちゃぴちゃと濡れた音と、合間の呼吸音だけが響く。

「んっ……ん、は……甘くて、ナカとろとろ……で、よく分からない……」
「俺もよく、わかんないけど……きもちいから、いいデショ……?」

 無意識に揺れる腰を優しく撫でてやると、大袈裟なくらいに跨っている玲子の身体が震えた。軽く半身を起こして抱きしめると、執拗に腰を撫でまわす。びくっと震えて彼女は心もとない声を洩らしだして。
 初めての身体であるなら、一回くらい果てるまで追い上げるべきか。それさえも慣れていない身体なら、丹念に触れて、確認するところから始めるべきか。冷静に見極めようとするも、玲子からの甘くて優しい想いの提示には敵わず、誠人は自分からねだったキスに溺れていくのであった。