Accept 04




 最初にミズハから帰ってきたノエルは、何処か物憂げと言うか、思いつめたものだった。どう訊きだそうかとカグラは思案していたが、有り難いことに彼女の方から口火を切ってくれた。

「私って、そんなに魅力無いですか……? ツバキやマコトに比べたら、その。確かに少ないけど……」

 少女の目線はその年齢にしては少々貧弱な己のバストに向く。何があって悩んでいるのかは分からないが、ジンを探しに行って『何か』あったのだろうという事は容易に想像できた。

「アイツあれでいて慎重っつーかさ? そういうトコあっから大丈夫だって!」

 そう笑って総司令官の男は大きな手で背中を軽く叩いた。たぶん、見当は外れていないはずである。その証拠に彼女の表情が少し明るくなった。
 ――それから、二度目の週末があけた朝。
 彼女の表情は何処かすっきりしていた。何があったのかは分からないが、ほんの少し子供くさい表情が無くなった気がした。男の鼻先をほんのりとした女物のトワレが掠める。その変わりように、成程なァ……と納得したように腕を組んだ。
 ジンの安否を気にかける女は二人ほど居た。直属の部下だったノエルと、もう一人は男も良く知る幼馴染みのツバキだ。正直、冷遇されていた彼女を行かせるは賭けに等しい判断だった。だが、それ以上のリスクを背負う賭けなどする気は毛頭無く。
 彼はノエルに会ったと言うのだから、どんな心境の変化だろうか。この半年、どう過ごしていたのだろう。付き合いの長いこの男であってもジンの変わりようは信じがたく、また同時に微笑ましいものだった。

「カグラ様、お客様です。どうぞ、お入りください」

 秘書官が部屋に通したのは見事な紅髪を靡かせた少女。その澄んだ空色の双眸は、真っ直ぐに部屋の主を見据えた。

「単刀直入に伺います。キサラギ元少佐の件ですが」
「それは第零師団としての意思か? なら答えはひとつ、今日のところは帰るんだな」
「違います! カグラさん、私は。私は――」

 引き絞られる声に、彼女の本音が窺がえる気がした。本当は誰よりも兄と慕っていた男の安否を知りたいはずである。だが、それでも安易に教えられない理由があった。それはひとえに、彼女が所属する部隊の特性ゆえだった。

「私個人の意思で此処に来ました。アポイントメントも取らず、帰されても仕方がない。そう思っていました」
「狡いとは思ってる。けれど、俺もお前も替えがきかねぇ身なんだ。お前に、今のアイツを受け入れることが出来るのか? 本当に? あれだけ慕っていたアイツはもう居ないのかも知れないんだぜ」

 憶測。そう言われれば確かにそれまでだ。
 だが、カグラ=ムツキという一人の男が見てきたジン=キサラギの姿と、今の在り方は大きく異なると言えるだろう。それはこの前の再会もそうだが、ノエルに会ったという事実が証明している。

「じゃあ、ツバキ。賭けをしよう、コインの裏表を当てるだけの簡単なヤツだ。それが当たったら教えてやるよ」

 生真面目なツバキが不正を嫌うのは重々分かっている。だからそれとなく答えを聞いて、そのように導いてやるだけだ。
 最高司令官の男は挑戦的な眼差しで少女を見遣ると、懐のコインをそっと弾いた。


◆ ◆ ◆



 あくる日、賭けに勝ったツバキはミズハへと降り立った。
 カンカンと軽い音をたてながらでタラップを降りる。浮かれる気持ちとは反対に、その足取りは重たい。それもそのはず、この街の治安の悪さが問題だった。それと、色々なものをごった煮にしたような街並みも何だか落ち着かない。
 なにか手土産が要るだろうか。そう思って考えてみるも、彼が好みそうなものが見当たらない。誰よりもジンの近くに居たはずなのに、何だか砂を噛んでいるみたいだ。近くに居た。その事実は何処か、遠い昔のことのように感じられた。

『ツバキ、あの。キサラギ先輩のことなんだけれど。この前、あたし見ちゃったんだ。人気の歌姫と一緒のところ』
『マコトも? 私も、それらしいの見かけたけど……本当なのかな』

 亜人の少女の言葉に、あの時のノエルはさりげなく返した。たどたどしい様子にそれは嘘ではないと直感する。だが、この時のツバキは彼女の挙動を不自然に感じたのだ。

 ――じゃあ、あたし行くから。のえるんもツバキも元気でね!

 もふもふとしたリスの尻尾を揺らすマコト。そんな彼女の尻尾を、何故かノエルは触りたがらなかった。それが、何だか気になって仕方が無かった。

『ねぇ、ノエル。貴方は何か知っているんじゃない? ジン兄様のこと』
『それは、知ってる……けど。けど、でも』

 言えないよ。その一言を瞳が雄弁に語っている。
 彼女はいつもこうだ。気は弱いくせに、弱いならそのようにあれば良いのに。そうすれば無用な傷を負わなくて済むのに。

『嘘を吐いていたの? 私を、嗤っていたの……?』
『違う! 違うの。でも、先輩との約束だから。だから言わないよ』

 気づけばツバキはぴしゃりとその頬を叩いていた。それを止めも、避けもしない彼女。
 周りの人間は、彼に避けられていたノエルだって知っていたのに。どうして、どうして。こんなの――理不尽だ。

『ツバキのそういうところが眩しいの。私も、マコトだってきっとそう。でも、持ちたくないモノを持たされた人間の気持ちなんて分からないよね? 考えたことも無いでしょ、ツバキは』

 そう言った彼女とは別に、何処からか視線を感じる。それはノエルが目の前の対象を観測しているからだと分かると、途端にゾッと悪寒がした。
 存在を否定されなかったことを良かったと思うべき? それとも、彼女にそんな『力』を持たせてしまった人間を呪うべき? 分からない。分からないけれど、得体の知れない拒絶や嫌悪感を直接に流し込まれたような気分だった。

「行きましょう。考えていたって仕方がないわ」

 微かに感じる頭痛を振り払うように緩く頭を振ったツバキは、一人で雑踏の中へと消えていった。