第四幕 綺麗なもの




 広大な田畑が領地の大半を占めるキーリカ領。ザーム一帯が中心地となっている農耕地で、レムギア帝国の東南部に位置する帝国最大の補給地だ。その地を治めていたのはヴァンベルグ家という伯爵家で、北方を治めるクロイツ家と並んで二大伯爵家と呼ばれていた。しかし、先代の領主だったヴァンベルグ伯爵は三十代なかばと年若くに没してしまったのだ。
 彼には三人の子供がおり、傾こうとしていた家を継いだのは適齢になったばかりの娘・ユニアであった。彼女は伯爵家としての地位や領主権といった一切の権力を国に返し、ザームの屋敷で年齢の離れた腹の違う弟妹たちと慎ましく暮らしている。今日も避暑がてら森林の先にある小高い丘に来ているところだ。そこで姉弟三人、各々やりたい事をやりながら同じ時間を共にしているのだった。

「……あ! ウサギさん」
「逃がしてやれ、シエル。気持ちは……まあ、分からないでもないが」

 蒼々と茂る草の合間から見えたのは、ぴんっと立った二つの長い耳。幼いシエルが見つけたのは茶色い夏毛になったばかりの野ウサギだ。それを興味津々に捕まえようとする様子を、姉のユニアは静かにそっと制する。元気なのは良いことであるが、少しばかりお転婆なのが玉に瑕だろうか。
 そうやって片方ばかりに気を取られていると、反対側からくいくいと控えめに袖が引かれる。弟のカノンはどうやらスケッチを終えたらしい。青空にもくもくとわきだした入道雲を描いた彼は、どことなく満足そうだ。

「カノン、シエル。そろそろ帰ろう、雨がくるかもしれない。風邪をひいたら」
「大変だ、だよね? ほら行こう、シエル」
「……うん。ばいばい、ウサギさん」

 双子たちの様子に自然と微笑が浮かぶ。姉はゆっくりと立ち上がり、二人の小さな手を取った。そうして一歩、また一歩と屋敷に向かって歩き出す。ザームは今日もカンカンに照っていて良好な天気だが、じきに雨が降るだろう。ここのところ日照り続きなのが少しばかり気にかかっていたくらいだ、たとえ夕立ちであろうとちょうどよい恵みの雨となるに違いない。
 キーリカ領の新しい領主であるヴェーデ卿は、お世辞にも善政を敷いているとは言い難い。不作の年であっても取り立ては厳しく、苛烈と言っても過言ではないほどだ。その一方で自身は放蕩の限りを尽くす始末――いくらこの地が他と比べて肥沃な土地柄とはいえ、そんな調子では農民たちが困窮するのは目に見えたことだろう。

「済まない。私の力が及ばないばかりに、苦心させた」
「そんな……! そんな……! とんでもございません。このご恩は必ず、必ず……!」

 残りたがった使用人たちから順番に新しい勤め先を決めて見送る。メイドたちのあたたかな心遣いにじくりと心が痛んだが、この程度で音をあげていたら到底この先は務まらない。……と、ユニアは己を叱咤するのだった。そして気づいた今となって屋敷に残っているのは、彼女が幼い頃から支えてくれている執事長と数名のメイドたちだけである。
 シエルはさほどでも無いが、カノンはどうにも身体が弱い。季節の変わり目や魔力の消耗が著しい時は、決まって体調を崩していた。そのうちどう切りつめても薬代さえ賄えなくなり、ユニアが考えあぐねていると父の最期の言葉を思い出す。
 ――俺に何かあったらカインを頼れ。ムカつくけどよ、頼れるのは事実だ。ユニア、父様との約束な!
 それが最後の指切りになるなど、あの時は思いもしなかった。もう声は思い出せないが、親友の悪態をつきながら笑ってくれた気がするのだ。ぼうっとした記憶から引き上げられると、思い出したその言葉どおりにクロイツ家を頼ることにした。
 クロイツ家は同輩の生家でもあるが、だからといって彼を頼るのも気が引ける。家督であるカイン伯爵との交流は薄くなってしまったため一抹の不安はある。だが、ここで足踏みするわけにもいかず、祈るような思いで筆を走らせ手紙を綴った。

「姉上、お手紙と荷物が届いていたの。どなたから? お友だち?」
「そんな気軽な間柄ではないが」
「……? どうしたの、姉上。なんだか嬉しそう」

 カイン伯爵からの返書は思いのほか早く、それでも半月ほど近くが経ってから届いた。そこには時節の挨拶からはじまり近況と、形式的なものに添えられた「カノンとシエルの両名を保護する」との確かな筆跡の一文。これには冷静を努めているユニアも微かに涙を浮かべて喜んだ。
 手紙と一緒に壮年の紳士から贈られてきたのは、落ち着いたモカ色のアンティークドレスに黒のパンプス。それからドロワーズやペチコートなどの下着一式と、とにかく徹底してシエルを淑女として扱っている。この有り様には「了承なのはありがたいが」と喜んだのもつかの間、大人たちは誰もが呆れ返ってしまうのだった。

「わあ……! えへへ。贈っていただいたドレス、似合う? 姉上」
「ああ。よく似合っているよ」

 そういった大人たちの苦労や苦心を知らされずに、幼いシエルは日々を過ごしていた。伸ばしかけた髪を梳っては、何度も何度も姿見を覗き込む。小さな肩掛け鞄に詰め込んだのは、よそ行きのドレスとペチコート。それからフリルが彩る純白のドロワーズに、履き潰していない真新しいパンプス。どれもが特注の品であって、彼女は今からその贈り主へと会いに行くのだ。
 物心がついた時にはすでに両親という存在はどこにも無かった。何ひとつない彼らとの想い出。それが無いから喪ったことを寂しいとも、恋しいとも、執着のしようがないことを知ったのだった。周りにはどこを見ても大人しかおらず、皆が優しくしてくれた。
 それであっても、やりきれないものが確かにあったのだ。だからと言って寂しいと泣いて困らせることもできずに、幼いながらに何かを理解した彼女は、縋るように大好きなウサギのぬいぐるみを抱きしめる。……それしか穏便に解決する方法が無かったからだ。

「カノンと私は先に出る。お前ひとりなのが心配だが」
「大丈夫。困ったら大人のひとにお訊ねするの」
「……分かっているならいいんだ」

 どうしても寂しくてたまらない時。そんな時は、気持ちが落ち着くまでぎゅっと股間を握りしめて眠った。単なる自慰行為。その代償行為に性的なニュアンスはまるで無く、それでも足りない時は恥丘を揉み込むように五指を動かした。ふわふわと暖かなもので満たされて、どこか地に足がついたかのように錯覚する。カノンと一緒になってお互いを慰めあったりもした。手を伸ばして秘部を擦りあい、鋭くなった感覚や満たされてくものを共有しあう。
 そんな行為がたびたび家人に見つかり、ある時ユニアに激しく叱責されたのだった。あの冷静沈着な姉が取り乱し、ひとしきり落ち着いてから無感情な声で言い放った言葉。それはシエルの心に深い傷を作っていて、思い出すたびにじくじくと生傷のように痛んだ。そんな事があってからと言うものの、二人はどことなく彼女と距離を取るようになったのだ。

「行ってきます。父様、母様」

 肖像画の中で微笑む男女に小さく言葉を投げかける。そんな形だけの行為。シエルの中では、ただひたすらに神に祈り、救いの手を待つのと同じだ。無味乾燥であってまったく意味が無い。言うなれば時間の無駄である。それが妹の包み隠さない心持ちだとも知らずに、姉は物言わず悲しげに睫毛《まつげ》を伏せる。その悲しげな仕草さえ見せかけで、その関心は、いつだって片割れのカノンにだけ向いているのだろう? 否応にも懐疑してしまう。だから、あれこれと考えるだけ無駄なのだ。
 まるで嫁入りみたいじゃないか。
 かわいそうにねえ。
 心ない大人たちの身勝手な囁きが聞こえる。これから向かう先で、たとえどんな生活が待っていようとも、こんな田舎に幽閉されて将来を勝手に決められるよりはずっといい。そう思ってしまうのは一向に少女自身を見ようとしない、ユニアや周りの大人に対する反抗心なのだろうか?
 言い知れない疑問を抱えながら、シエルはこれから汽水湖づたいに広がるルウェン中立領行きの馬車に揺られて、ひとまず船で対岸へと渡る。今夜はそこで旅の疲れを癒しておき、翌朝一番に目的地のローデを目指すのだ。生まれて初めての一人旅に、ぬいぐるみを連れた彼女の心は少しばかりはしゃいだのだった。


***



 ルウェン中立領の対岸も、場合によってはレムギア帝国の西北一帯ダリム領と見なされる。丘陵地と都市ひとつを挟んで聖王国と隣りあうその場所は、国交の要所であり鉱山都市レイルから流れてくるミスリル銀を使った銀細工が有名だ。
 鉄や銀などの鋼材を溶かしているのだろうか、工房の排気口からは途絶えることなく蒸気が立ちのぼっている。カンッカンッと小気味よく鉄板を叩いて延ばす音。それから職人たちの威勢のいい掛け声や、道行く客引き売り子の明るい声がする活気のある街だった。

「お嬢さん。お友達とどこまで行くのかえ」
「えっと、んっと。クロイツ伯爵様のところ!」
「伯爵様のお屋敷は、ほれ、あの薔薇が立派なお屋敷じゃよ」
「ありがとう、お婆さま!」

 途中で道の舗装が切れてガタガタと馬車が揺れる。その揺れに身を任せていたシエルは、人の良さそうな老女と会話をしながら、立てつけの悪い窓を開けてめいっぱい外の空気を吸い込んだ。教えてもらった薔薇が見事な屋敷は、少女の低い視界からでもすぐに目線が行った。そうしているうちに、ローデの停留所にいななく馬たちが停まる。忘れないように荷物とぬいぐるみを抱えて、どうにかこうにか手を振って老女に別れを告げる。

「……定刻どおりか。無事で何よりだ」
「薔薇が綺麗なお屋敷だって、教えていただいたから」
「そうか。……さ、行こう」
「……うん」

 不思議だった。あれだけ寂しくて堪らなく渇いていたはずなのに、こうして姉に会えば傷が痛んで心の底がしんと冷える。言葉に困って、それを探しているうちに切りあげられてしまう会話。これが自分でなくて、たとえばカノンだったら何か違うのだろうか? よく、分からない。
 合流したユニアに手を引かれて向かったのは、馬車から眺めていたひときわ目を惹く大きな屋敷だった。慣れた様子で呼び鈴を鳴らすと、その音を聞きつけてやってきたメイドに荷物を預ける。入れ替わりメイドに連れられ部屋に通されると、そこには紳士然とした一人の壮年の男がいた。

「無沙汰している。カイン殿」
「勉学に励むのが若人の仕事であろう? 気にされる必要は無い」

 士官前の多忙さに理解を示した紳士に対してユニアは何かを言いかけて黙り、しばらくして「感謝する」と礼を尽くした。その様子に満足した彼がドレスを贈ってくれたカイン伯爵と言うのか。
 失礼が無いように、ふさわしくしなきゃ。
 必死に縋るように姉の服を掴んでいたシエルは、痛いくらい自身にそう言い聞かせる。ふと、カイン伯爵と視線が合ってしまい、とっさに近くの背中へと隠れた。そんな仕草から揺れて翻ったスカートが見えたらしく、紳士はその腰を折って高い目線を丁寧に下げる。

「ユニア殿、こちらのお嬢さんは?」
「妹のシエルだ。ほら、カイン殿に挨拶を」
「あの……えと、素敵なドレス……ありがとう、ございます」

 促されてしまい、隠れた背中からシエルは怖々と顔を出す。勇気を振り絞って感謝を述べながら表情を真っ直ぐ覗けば、そのあどけない仕草が微笑ましかったのだろう、カイン伯爵はわずかに表情を緩めた。

「気に入っていただけて何よりだ。しかし――大人の話しは退屈だろう。少し冒険してくるといい」
「カイン殿! あまりその子を甘やかさないでやってくれ」
「はは、良いではないか。母親が厳しいのだ、これくらいの飴が良かろうて」

 目に見えて苦い表情をした姉は言葉を返せない。いや、あえて返さないのだろうか? 大人の話しはよく分からない。カイン伯爵に促されるまま、シエルは屋敷の中を冒険してまわった。
 陽当たりのいい廊下を歩いて、まずは用意された自分の部屋へと向かう。それから見慣れない本がたくさん並んでいる書斎や、なにやら食欲を刺激する匂いを漂わせている厨房を興味深そうに覗き込んだ。料理人の青年に見つかってしまい「書斎には色んな本があるから、黙って入ったら危ないぞ」と今更ながら注意されてしまった。
 そんなこともありながら、彼女の足は自然と中庭へ向いた。平民の家が何軒も入りそうな広い庭には、純白のチェアやテーブルが置かれている。その中でも一番に視線が行ったのは、テラスを抜けてから見えてきた薔薇が彩るアーチだ。周囲の生垣を形作っているのも低い薔薇の木で、足下にめぐる水路からは途絶えることなく水が流れる音がする。流れていく水を追いかけながら、流れに従うよう顔をあげれば、その奥には真っ白な東屋が見えた。

「お兄さまは何を読んでらっしゃるの?」
「魔術理論の応用書だが」

 ぽつりと人の影を見つけると、シエルは小走りに駆け寄って行った。抜き足、さし足、忍び足。そうせずとも気配を殺して歩くのが癖だった。居ても居なくても構わない――そんな感情だけでいっぱいになって、いつも居場所を探していた気がする。声をかけたのが先か、小さな気配に気づいたのが先なのか。視線は参考書を覗き込んだまま移ろうことなく、それでいてぶっきらぼうに短く返す。少年と呼ぶにはいささか逞しく、青年と呼ぶにはまだ未熟なのだろうか。物怖じせずに近寄ると、その隣りへと腰をおろした。

「シエルにも分かる?」
「さあな」

 ひょこりと参考書を覗き込み、難しい言葉は分からないが実践してみる。まず、空間を正方形に切り取るように結界術で固定する。箱庭状になったその空間に、シエルが最初に起こしたのは水だった。そこから時間をかけて高低差のある大地をつくると山と谷ができて、そよそよびゅうびゅうと風が吹きはじめた。風を受けて元気に燃える火が生まれ出た様子からは、この空間に動植物が存在しなくとも『生きている』ことが観察できる。まだ年端もいかない少女であったが、立派に天と地を創ってみせたのだ。

「この文脈は定理の序だと思う! それでこうなって、こうなって……!」

 定理の序と彼女は簡単に口にしたが、その定理が確立されたのはずっと昔――それこそ四〇〇年も前のことだ。原文なんて言いまわしがくどくて読めたものでは無いし、なにより説明されている現象自体が魔術言語に変換されていたりと理解が追いつかない。
 そのあいだにも箱庭の景色は目まぐるしく変わっていく。火を鎮火させようと雲がわき起こり雨が降って、そのうち温度が下がったのか雪に変わる。垣根から飛び出た薔薇の枝から棘を抜いたシエルは、ぽとりとそれを庭に落とした。すると、みるみるうちに薔薇の木に育ち立派な花を咲かせたではないか。

「天と地の誕生。つがいの男女による普遍の賛歌。生物の始まりと、交配について記述されていると思う。前に姉上がお勉強なさってて、教えてくださったの!」
「まさか……お前は、ヴァンベルグ家の末娘なのか?」
「そうよ! お兄さまは……えっと……」

 訊ねながらも、少年の瞳は驚きに見開かれていた。姉にあたるユニアとは同年で、まだ二十歳前だ。その下の双子たちはさらに幼く十歳にも満たないはず。年齢に比例しない才能の一端を見せられてしまえば、眼前の彼女が何者であれ納得するより他が無い。
 彼はかすかに眉を寄せ、それでいて何かを納得した様子だった。手元にもう片割れが来るからか、と妙に落ち着いている。魔術王とまで呼ばれる故ヴァンベルグ伯爵の忘れ形見を、父であるカイン伯爵は手中に収めた。そうなってしまえば、自分は本当に価値の無い、ただの『お飾り』になってしまったではないか。

「あ……セス兄様。と、シエル! よかったあ、姉上が呼んでたよ」
「はーい! またね、お兄さま」

 複雑な少年の心持ちを知らずに、シエルは無邪気に手を振った。そうして自分を捜しまわって息を切らしている片割れの元へと走ってく。同じ色味をした少年と少女の仲は大変に睦まじく、どこか微笑ましいものがある。彼女たちは大人の事情を何も知らないのだろう。だから、ああまで無邪気に笑っていられる。それを考えると大人とは実に難儀なものだと、誰に言うでもなく独りごちたのだった。



「まったく、何処までいって……。ああ、なんだ薔薇庭園か」

 髪に花びらが絡まっていたみたいだった。それを払い落としたユニアは、じっと妹の顔を見やる。シエルはそんな仕草に不思議がって首をかしぐ。すると「何か良いことでもあったのか?」と笑って訊ねられた。ふるふると首を横に振りかけたシエルだったが、ふと思い出したのは東屋で出会った彼のことだった。あの少年の目元はどことなくカイン伯爵に似ていた気がする。髪の質感も、目の色も、そっくり映したようだ。

「えっと、あの……内緒! えへへ」
「はは、秘密にされてしまったか。いかようにして教えてもらおうかな」

 シエルの小さな体躯は軽々と抱きあげられてしまう。急に高くなって広くなった視界にきゃっきゃとはしゃぎ、その様子にカイン伯爵の口許が嬉しそうに緩んだ。

「おおかたアイツに会ったんだろう。問題は無い、カイン殿」
「そうかね。では、ユニア殿も気をつけたまえ」
「――お心遣い感謝する」

 紅茶を口にした姉が頷くと、ちょうど定刻を報せる鐘が鳴った。これから彼女は単身でザームに帰り、それから軍学校の寄宿先へと向かうのだ。名残り惜しそうな素振りさえ見せない姿に、双子はぎゅっと抱きついて「お気をつけて」と口々に添える。
 すると、一瞬だけ悲しげな色を浮かべたユニアは「年の瀬にな」と決まって短く返すのだった。姉弟で一緒に過ごせたのは、実質たったの三日だけ。シエルは寂しさにしゅんと俯くも、ぬいぐるみを抱えようとしてそれは行き場を失う。気づいたカノンが指先を絡めてくれたが、どうにもやりきれないものがあった。

「カノンは何処に行ったんだ? 本、貸してやる約束だったのに」

 応接間を出て行ったカイン伯爵たちと入れ違うように入ってきたのは、見るからに派手で軽そうな風体の年若い男だ。言葉どおり手にしている本には、どれも学術都市の印が入っている。学術都市ルヴァンはレムギアの南部に位置しており、学問が盛んなだけあってか図書館が有名だ。東西に並んだ図書館を一本の渡り廊下が繋いでいるという、実に不思議な造りをしていると聞いたことがある。
 カノンの姿を探して、その視線がきょろきょろと移ろった。柔らかそうな鳶色の髪がふわりと揺れて、モノクル越しに覗いてくる瞳は翠と――反対側は紅だ。シエルの姿を捉えると、彼は八重歯を見せてとても人懐っこそうに笑った。

「此処に居たのか、カノン。お前が欲しがってた本、借りてきたぜ」
「ありがとうございます、ナハト兄様! 僕、ずっと読んでみたかったんだあ」
「それとうちに来たばっかりのお姫様には、お兄ちゃんが特別にいいものやるよ」

 嬉しそうに本を受け取ったカノンは、部屋まで待ちきれないのか豪華な装丁の表紙をめくりはじめた。そんな様子にわしゃりと髪を撫でてやると、ナハト兄様と呼ばれた男は再びシエルを見やり、何かを思いついたようにその膝上を叩く。
 じりじりと注意深く近寄ったシエルだったが、呆気ないほど簡単に捕まってしまう。抱えられ、膝上を椅子にすると何やら別の本を開いて読み聞かせてくれた。彼が読んでくれたのはレムギアに伝わるお伽噺のひとつで、少女が一番好きなものだ。

「……おしまいっと。どうだ、お気に召したかい」
「えへへ。ありがとう」
「よしよし。俺のことは気軽にナハトお兄ちゃんって呼んでくれよ? 会いたかったぜ、シエル」
「何が『お兄ちゃん』だ。いい加減に年を考えてくれ」

 ぬいぐるみでも抱きしめるように、むぎゅうとされるがままのシエル。じたじたと藻掻いていると、伸ばした手は力強く握られる。静かに入ってきていたのは、あの時に見かけたカイン伯爵似の少年だった。兄と呼んだ男の――ナハトの様子に呆れているのか、みるみるうちに眉間へと皺が寄っていく。弟の有り様に呆れ返ったナハトは、悪戯でも思いついたかのように寄せられた眉根を指先でつついた。

「うわあ……仏頂ヅラのセスだ。逃げろ逃げろー!」
「兄さん! まったく……逃げ足だけは無駄に早いな」

 頭を抱えて考え込む様子のセスを視界に収めた途端、とくんとシエルの心臓が高鳴った。かぁっと頬が熱を持って、だんだんと直視してるのが厳しくなってくる。ナハトの膝から降りると必死になって手を伸ばし、彼に少しだけ屈んでもらう。
 ようやく届いた指先で、労わるようにさすさすと優しく眉間をさすってやる。すると、大きな身体がびくりと揺れてとても驚いた表情をしていた。そんな表情を可愛く思いながらも、サッと視線をそらす。こんなふうに他愛ないやりとりも、大人になったら忘れてしまうのだろうか? それを考えたらなんだか寂しかった。


***



 クロイツ家に来てから季節が移ろって、気づけば二度目の春が訪れた。このローデという街は排出される蒸気のおかげで気温が高く、吹き抜けになるザームよりずっと暖かい。春先の室内にもなれば下着で過ごせるくらいだ。カーテン越しに穏やかな春陽が差し込む。ゆっくりと暖まりだした部屋の空気に、もぞもぞと布団の中で動きまわる。やがて半身を起こすと、静かにベッドを抜け出す。
 するりと抜け出した足先は柔らかそうな素足。幼いながらも実に肉感的なふくらはぎがあり、その先の太腿は真っ白な絹袋に包まれている。ドロワーズより上は微かに膨らみだしたシュミーズだけ――と、なんとも無防備な寝姿である。小さく息を洩らしながら欠伸を噛んで背中を伸ばしていれば、背後から聞こえてきたのはカタリとした小さな物音が。

「ごめ……! じきに兄様たちが着くんじゃないかなって思って……その」
「もう。ちゃんとノックくらいして、カノンのばか」

 声をあげたのは世話係のメイドではなく、片割れだった。まさか下着で過ごしているなどと思いもしなかったのだろう、彼は真っ赤に頬を染めてもじつきながら視線をそらす。その、ささいな仕草からシエルは気づいてしまったのだ。カノンがズボンの前をぱんぱんに張らせているという事実に。
 ノックくらいして、ともっともらしく言葉にしながら彼女はその背後にまわり、コリコリとしこりの残る小さな膨らみを押しつける。そうしてカノンの意識をそらしているうちに、服をたくしあげながら指先を潜り込ませては素肌を優しくまさぐった。

「んっ……んんぅ、は……んッ! だめぇ、擦ったら出ちゃうよぉ……ひぅっ」

 真っ平らの胸元には紅く熟れた乳首が主張し、それを指の腹で触りがてらへそ下をたどる。そっとズボンの中へと忍び込めば、問答無用でその中心を握り込む。先端を包むように撫でまわしながら、幼い肉棹を優しく上下に扱きあげる。こしゅっこしゅっと優しく手のひらが擦りあげたり、細指がしなやかに絡みついて厭らしく蠢《うご》めく。
 シエルは意地悪く制止を振り切って、より一層に激しく愛撫してやる。すると、びくびくと全身を震わせながら面白いくらい簡単に上り詰めていったではないか。女の子顔負けに可愛らしい表情を堪能しながら、肩で息をする身体を自由にしてやった。体液で汚れた指先を拭きながら満足そうに「着替えるから出て」と言っては淫靡に笑う。
 今になって思えば、カノンとは歪に依存しあっていたような気がする。双子ゆえの独特な感性が拍車をかけていたと思う。男女が求め合うような真似事をしては、その空白を埋めようと必死になった。少しずつそれが薄れていったのは、やっぱりセスやナハトとの出会いが大きいだろう。セスは鈍感なくらいだが、ナハトは特にそういった機微に過敏なようで、シエルが感情を隠しても無駄だったのだ。

「今日のお洋服、これにしようかなあ。でも……うーん」
「シエル様、こちらのスカートをお召しになったらいかがでしょう。とてもお似合いだと思いますよ」

 無事に仕官が決まり、屋敷を構えている中央領からセスが帰郷してくる。たったそれだけなのに、例えようがないくらいに心が弾んだ。シエルは部屋のクロゼットを引っ掻きまわし、あれでもないこれでもないと服選び。少女の精一杯の背伸びを、メイドは微笑ましそうに手伝ってくれたものだ。
 着替えを済ませ、髪を整えおえると再び鏡を覗く。赤い瞳が楽しげに揺れて、無邪気に笑う表情を形づくっている唇からは白い歯が見える。思い出したように曲がっていたリボンを結びなおして、シエルは玄関先へと小走りに向かって行った。

「お帰りなさい、お兄さま」
「あれほど迎えはいいと言ったじゃないか。まったく」
「い・や! 私だって、私だって……」

 もじ、ともじついたシエルの姿を初めでこそ不思議そうな表情で見やった男二人。少女の様子から何かを勘づいたナハトが、これでもかと面白がって横槍を入れてくる。焦れったそうにしながら彼女をふわりと抱きあげ、左右で色味の異なる瞳でその顔を覗き込んだ。
 すると、モノクル越しの瞳にゆらりと炎が揺れる。それが情欲を示したものであることは、痛いくらいに伝わってきた。静かに燃えて盛る焔の様子を眺めていると、やがてシエルの身体はくったりと脱力したのだった。

「何を考えてる! 兄さんッ」
「バカ言うなよ。俺は身を守っただけだぜ? それともなんだよ、お前が相手してくれるのかよ。代替案」
「……やめてくれ。気色が悪い」
「じゃあダメだな。シエルは俺とデートに行こうな。お兄ちゃんが何でも好きなもの買ってやるよ」
「待て、今すぐ代案を立ててやる。だから離れろ」

 目に見えた弟からの難色に、ナハトは楽しそうにけらけらと笑う。優しく支えていたシエルをゆっくり立たせると、さらに追い討ちをかけるように続けるのだ。聞き捨てならない。そう言いたげに、ぽきりと鳴らされた指の関節。セスは容赦なく兄の首根っこを引っ掴み、関節技をかけて締めあげる。逃げる間もなく捕獲されたナハトは小さく呻き声をあげ、押さえ込まれている身体を必死に暴れさせていた。こうしていると、なんだかんだ言ってもこの二人は仲が良いと思うのだ。ようやく技から解放されたナハトの手を取り、シエルは目当ての青年の腕も取る。すると、寄せられた眉根が少しだけ緩められた気がした。
 青年たちを引き連れた少女は、ローデの大通りを闊歩した。ショーウインドウを覗き込んでは、くるくると表情を変える。そんなふうに小さく咲いた花が、男たちには純粋に可愛らしく見えたものだ。路肩の魔術灯に火がともり、あっという間に周囲は暗くなりだした。最後に覗いた店の、あの香水は好きかもしれない。ボソリとセスが小さくこぼずと、背伸びをはじめたシエルは嬉しそうに訊ね返してきたのだった。あまりに訊ねてくるものだから、黙らせようとして買い与えてしまったのは言うまでもない。
 その翌朝、屋敷の応接間にカイン伯爵と二人の息子たちが居た。普通なら当たり前であろう光景だが、このクロイツ家では少し違った。なんとも珍しい組み合わせに、メイドたちは「今日か明日は大雪かしら」などと口を揃える。息子たちと父親は、黙ってチェスに興じていた。その勝敗の行方を、じっと見つめる双子。

「今回も俺の勝ちだな。よーし、お前たち遊びに行こうぜ」

 観戦していた限りではナハトたちに分があったようで、カイン伯爵はすっかり眉を寄せていた。早くに勝敗は決していたのだろうか、盤上の遊びを切りあげた彼はだらしなく丸めていた背中を伸ばした。その手元に寄って行ったシエルとカノンは、わしゃりと交互に撫でられ嬉しそうに表情を緩める。そんな姿を見ていて、セスも何かを思ったのだろう。珍しく彼のほうから手を伸ばしてきた。
 不器用そうな手が丹念に少女の髪を梳ると、そっと指先に絡めて遊ぶ。出会った時とくらべたら、見事に伸びたものだ。傍らで見ていたカノンが不服そうにしているのを見て、宥めるようにわしゃっと雑に撫でてやる。それでさらに機嫌を損ねたのか、彼はべたっとナハトにくっついて離れようとしない。

「何処に行くんですか? ナハト兄様」
「ん? 内緒だよ。まあ楽しみにしておけって」

 上機嫌なナハトに連れられ、四人で出向いたのはゴルダ丘陵地だった。春先には真っ白な小花の絨毯が広がってく。真雪草と呼ばれる小さな、それこそ女の子が花冠を作って遊ぶのに丁度いいくらいの白い花だ。それと緑とで埋めつくされた一面を眺めながら、見晴らしのいい場所でわいわいと寛ろぐ。
 到着してからというものの、何やら手元の作業に集中していたナハトは、その出来栄えに満足そうな笑みを浮かべた。同じように黙々と集中しているシエルを呼ぶと、そのか細い首元に真っ白なチョーカーをつけてやった。

「わあ。シエル、お姫様みたい」
「んふふ、美人になったなあ。大きくなったら俺と一緒に祭壇まで歩こうな」
「ずるい、ナハト兄様ばっかり。僕も一緒にいく!」

 ほどなくしてセスからはティアラが、カノンからは指輪が贈られる。こうして純白で飾られるのは、なんだか不思議な気分だ。つい落ち着かず、そわそわしてしまう。片割れのなかでは掛け値なしにそう見えるのだろう、やっぱり同じように落ち着きがない。そんな姿を揶揄されて、少年はころころと表情を変える。シエルの手を取ったナハトに、大慌てで続くカノン。二人にエスコートされながら、彼女は白い絨毯を踏みしめる。視線の先には、大好きな彼がいて――。
 こんなふうに暖かくて楽しい日々が、ずっと続いたらと思っていた。ずっと続くと、思っていたのだ。


***



 四度目の冬がくる頃には、クロイツ家にもすっかり馴染んでいた。息子たちを見限ってのことだろう、カイン伯爵は双子に対しては熱心だった。魔術もそうだが、一般的な教養にはじまり読み書き、習い事。とにかく興味を持ったものには資金や人手を惜しまなかった。そんな恩人たる彼の口癖といえば「魔術の扱えない男など種馬以下だ」だろうか。常々そのように口にしていた訳ではないが、たまに言葉にするからこそ印象深く残っているのかもしれない。それが実の息子に宛てられたものであると知ったとき、シエルは悲しく思ったものだった。
 自分たちは大切にしてもらえるのに、どうして。
 ありふれた不平等が少女の心に突き刺さり、言葉にしがたい情動がぽたぽたと垂れ落ちた。だからある日、彼女はカイン伯爵に言ったのだ。自分の身を担保にできないか――と、見積もりの甘い、けれども精一杯の懇願。それを待っていたと言わんばかりに、婦人の嗜みと称して手管のひとつ、どうすれば男は満足するのか。その様々を仕込まれていく。
 一緒になって教えてくれたのは、お世話になっているピアノの先生だ。いつもいつも愛してると、うわ言のように囁く。アイシテル。そんなの嘘でまやかしだ。だって、彼の視界に収まっているのは魔術の虚像であって、シエル自身を見ているわけではない。先生は彼女が見せる幻を見抜けず、手のひらの上で転がされているだけなのだから。けれど、とも思う。そうすることで――受け入れることで目に見えない愛情を示せるのなら。大好きなあの人とだって出来るはずだ。唯一、言葉を選んで慎重になってしまう、あの人と。

「シエル、なぜ黙っていたのだね。寝たのか、倅と」
「おじ様は私を愛してないから。……、……」

 今日の成果。言いながら壮年の前で尻を割り開き、微かに綻んだ秘孔から白濁を掻き出す。その仕草がいたく気に入っているのか、それとも単なる歪んだ独占欲か。次はカイン伯爵の肉を咥えて、その椅子に腰を落ち着けるはずだった。
 なのに、その日の夜は最初から何かが違った。寝たと言うほど、何かがあった訳ではない。セスとナハトと三人で話しをして、疲れたのかシエルは寝入っていた。そこで兄弟が何かを話し合っていたのは事実で、少女の身体が熟したことを我がことのように喜んでくれたのも事実であろう。

「お前は最高の胎だ、子も授かれるようになった。私を選べ。あんな価値の分からぬ男になど、みすみすくれてやるものか!」
「…………っ」

 いつだったか、街中を歩いていた時にすれ違った親子連れと、クロイツ兄弟との姿を思い出した。彼らはその親子をまるで眩しいものでも見るかのように見つめ、何かを隠すよう必死になって話しを振ってきた。彼らには父子父子らしい会話も想い出も無いのだと、のちに世話係のメイドから聞いたのだ。なにか出来ることはと思案し、その結果が自分の身を担保にすることであった。
 だが、悲しいほどに今さっき放たれた言葉が、すべてを物語っているように感じた。シエルは返す言葉もなく、恩人である壮年に対して憐憫《れんびん》のようなものがわいた。このレムギアという国では、魔術師としての才能がすべてと言っても過言ではない。才能が薄い者、皆無な者には等しく揃って価値が無いのだ。それを愚直なまでに体現しているのが、なんだか無性に悲しかった。

「おじ様に渡すような胎なんて……。約束があるの、そこを通して」
「ならん。お前は私の、私の……!」

 シエルを捕まえようと、カイン伯爵の手が迫ってきた。魔術の伴ったそれを避けると、微細な魔力の流れを感知してブレスレットの石が砕けて飛散する。男が怯んだ一瞬を見て、逃げるように部屋を出た。広い敷地を抜けて裏通りへ。暗がりを走り、寝静まろうとしていたローデの街中を教会に向かって駆けた。
 息を切らしながらたどり着くと、冷たい空気を吸って苦しい呼吸のまま重たい扉を開ける。約束の時間に遅れてしまったにもかかわらず、礼拝堂にはひとつの人影。放たれている魔力は抑えられているにしても異質――そこに居るのは約束の相手ではないと改めて認識する。単純に、まとっている気配が『違う』と告げているのだけれど。

「ナハト……さま? どう、して……」

 俯き加減のナハトが、たまに歌ってくれるわらべ歌を口ずさんでいることに気づく。その瞳を覗いたらいけない。感覚ではそう理解しているのに、シエルは自身の動きを律せないでいた。歌を呼び水にして少女の動作を操っているのだ。彼は色味の異なる右眼で未来を視認している。本人からそれとなく聞いたことがあったが、事実と認めるより他になかった。何故なら視ている未来の一端が、映像となってシエルにも伝わってきたからである。
 それは、この礼拝堂での出来事のようだ。 何かがあったのだろうか? 式典か何かにしては招待客の姿が見られない。長椅子は見事に壊れているし、壁にも何かを打ち付けたような亀裂が入っている。すんっと鼻を利かせれば、どこからか漂ってくる錆びた鉄の匂い。ふと足下を見れば、赤黒い血溜まりを踏みしめているではないか! そしてその赤は自身が纏っているドレスを染めていくのだ。じわりじわりと蝕ばむように、ゆっくりとシミを広げていく。その源流を探って視線を右に移ろわせてみれば、槍に貫かれて壁に縫いつけられた女の亡骸に行きついた。その手にはレイピアが握られており、こと切れたあとであっても手放されることが無い。
 さらにその下――長椅子に埋もれているのは左眼を抉られて、手足を使い物にできなくなった少年。まだ口が残ってると言いたげに、ありったけの憎悪を吐き散らす。正面の扉を背に立っているのは、右眼を潰されてもなお抵抗を試みる男。片眼を失っていても焦った様子ひとつ見られないが、死地に追い込まれていることには変わりない。この場に居合わせる誰もかれもが花嫁の――自分の見知った顔だと理解した瞬間、シエルはギュッと固く両眼を閉ざした。
 再びあの光景が広がっていたらどうしよう? その不安を和らげてくれたのは、震える肩に置かれた手だった。こじ開けるように瞼を持ちあげる。するとそこには綺麗なままのナハトの顔があり、長椅子があり、壁があって、悪夢から現実へと引き戻されたことを教えてくれた。

「視えたか? お兄ちゃんのいつもの悪い、わるーいユメさ。……早く忘れろよ」
「……でも……」
「優しい子だ、シエル。なら、こっちは忘れないで。俺は死ぬのが怖いんじゃない。俺がなにより、なによりも一番怖いのはさ……」

 今になって思えば、彼が言ってくれた言葉の半分も理解できていなかったと思う。それでもシエルは着の身着のまま屋敷を出ることにした。親身にしてくれていたメイドに片割れを託して、その日を境にナハトが切り盛りしている娼館に身を置くことにしたのだ。
 あの惨劇を回避するため。
 ひいては、もう一度あの人に会うため。
 二人の利害は自然と一致した。そのためなら何でもできる気がした。宮廷に出入りできる公認の調教師として管理局からの認可を受けたのは、シエルが身を隠してから四年後のことである。まだ十八にも満たない調教師の誕生に好事家な貴族たちは、社交界は大いにわき立つのだった。