第八幕 呪縛を解いて、飛ぶ




 貴隷生活がはじまって、じきに三ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。シエルは与えられた部屋で、下着姿のままベッドに身を横たえている。そのたびに自分が今置かれている立場が染みついてしまいそうになるのだ。
 無関係な人間を巻き込んでまで策を凝らし、カイン伯爵は自分を貴隷にしたいと言ってきた。その時に使われた魔導書は小瓶から姿を変え、貞操帯となってシエルの心身を縛った。特殊な術を施すためのもので、従順になった今でこそ停まっている。その事に心の底から安堵する。
 あの術の影響を受けていると心が子供に返ってしまう。壮年から与えられるものを愛情と誤認し、調教にも等しい仕打ちを望んでいた幼い頃に突き落とされるのだ。あれから何度か夜会に行くこともあったが、蜜会に連れて行かれないだけマシなのだろうと思う。

「……助けるって、いったいどうするつもりなのかしら」

 別れぎわの記憶はおぼろげだが、セスの言葉は今でもはっきりと覚えている。しかし、どのように助けるにしてもここの警備は異常なまでに凝っているのだ。防護の魔術が幾重にも展開されているし、対魔術師用の軟禁棟に入ってしまうと今度は私兵がうろついている。
 さすがに護身用のナイフで大立ちまわりを演じるわけにはいかないし、メイドに手引きさせるなど関係のない誰かを巻き込むのもご法度である。とはいえ、手元にあって使えそうな銀筒は全部渡してしまった。あの魔剣士伯を相手に闘うのだ、いくら剣帝といえど魔術が扱えないハンデは大きい。
 その試合は無効試合となってしまったのだから、なんであっても渡しておいて正解だったと思うのだ。窓から活気の絶えない街並みを眺めていると、気配なく背後から抱きすくめられる。何事なのかと必死になって身を暴れさせれば、口元を覆う手が少しだけ緩む。

「セス様……! どうやって忍び込んだの?」
「昔は僕の部屋だったんだ。確実な出入りくらいはできる」

 自信たっぷりに答えたセスは、離れがたそうにしながらも肩に担いでいた麻の袋を開けた。麻袋の中から出てきたのはレムギアの公娼たちが着ている簡単な衣服と、鍵束の姿をした魔導書だ。

「姉上は無事なの? カノンは――」
「カノンは一時的に投獄されている。ユニアには身を伏せてもらっているが、なんであれ二人とも無事だ」
「そんな……」

 思わず言葉を失った。シエルは理解が追いつかず、それでも言葉を探したが沈黙してしまう。外からの情報はその一切が遮断されている。まさかそんな事態になっているなど思いもしなかった。
 庭園でセスに会えたのは直感などといった感覚による不確かな行動が招いたもの。決闘が無効試合になったのだって、屋敷のメイドたちが不用心に立ち話しをしているのを盗み聞きすることが出来たからである。

「やはりこの貞操帯が術の触媒か。悪趣味がすぎると言うべきか……本当にこの魔導書で大丈夫なのか?」
「その魔導書は起動するまでが大変だけれど、魔術である以上は解除できるものよ。……これに通用するかは分からないけれど」

 ぼそっとこぼした少女は大慌てで口元を覆ったが、しかと聞き逃さなかった青年の眉間に確かな皺が刻まれてしまったのは言うまでもない。しなやかな下肢を覆っている貞操帯は、身体の前面と側面を守るように鉄製の板が宛てがわれている。そして股間部分で股縄でも食ませるように金具が連結しており、複雑に絡み合う術に見合ったものでなければ解くことは難しそうだ。
 シエルの姿勢を安定させるべくベッドに横たわってもらうと、セスは躊躇らいがちに両脚を割り開いた。兄から渡された魔導書は持ち込んだ銀筒に詰まっている触媒で満たされて、相応の工具へと姿を変える。
 細い先端をカチリと音がするまで連結部分に差し込んでみた。すると、噛み合った部分から術が解けていくではないか。それを確認してから拘束のサポートをしている革ベルトを外した。

「う……なんだ、これは。思ったよりも重たいな」
「貞操帯にしては軽いほうだと思うわ。でも……言われてみると少し軽くなったかも」

 ずっしりとした重たい枷が外され久しぶりにのびのびと下半身を楽にできた。その流れでシエルは着替えをはじめるのだが、下着はペチコートだけでスカートを穿き、厚手だが袖の短いブラウスを着る。レムギアの公娼であることを示す紋が入ったスカーフを留めて、脛を出しながら男物のコートを羽織ってよりそれらしく見せる。
 この部屋の抜け道から地下を抜けて最初に見える角を曲がれば薔薇小路だと彼が言う。言われて初めてセスを見やれば、確かにちょっと精悍な、それでいてどこぞの青年に見えないことも無い。てきぱきと着替えながら「何を着ても似合うのね」と見つめれば「茶化すな」と照れくさそうに返ってきた。

「家督の権限がカノンからお前に移るのも時間の問題だ。家名と財産の贈呈を認めたものと、もう一枚は……その。考えるだけ考えてみてくれ」

 中央管理局で把握しているのはシエル=ヴァンベルグという名前の身分ある少女になる。家名を失ってしまえば、その責務はない。時間をかけられないうえに契約解消の裁判で有益な証言ができない以上、強引な手段でなければ平穏は勝ち取れないということか。

「僕と来てくれないか。この六年、そのためだけに準備をしてきた」

 歯切れ悪く彼が渡してきたのは婚姻のための印紙だった。そこにはすでに青年の名前が綴ってあり、あとはシエルの名前が綴られるのを待っている。提出先は――ロイス聖王国だ。

「この国にいる以上、お前は安住できない。それは僕にも言えることだ」

 姉を、兄を、家を捨てる覚悟。
 このひとと一緒に行く覚悟。
 新たな場所は聖王国になるのか。中立領までなら行ったことがあるが、その先には一度も行ったことがない。どんな国なのだろう。

「無謀だとも理解している。だが、今度こそ守るから」

 見知った人間と二度と会えないかもしれない、帰れない覚悟。
 不安や悲愴感よりも、どんな新しいことが待っているのだろうと気持ちがはやる。
 家の人間として恥のないように振る舞え。そう叱責する姉の声がする。
 ただ愛されたかった。必死になって縋りつづけたヴァンベルグの家名と、それを教え込むかのような濃い匂いが鼻先に甦る。
 次から次へと浮かび上がってくる過去や感傷を掻き消そうとして、シエルは近くにあったナイフを手に取った。流している髪を無造作にまとめて掴み、バサリと一息に切り落としてしまったではないか。

「気持ちは嬉しいが、そこまでしなくとも。その……なんだ、もったいないじゃないか」
「出会った頃みたいで懐かしいでしょ? 大丈夫、サインのひとつくらい上手くいくわ」

 まるで気を引きしめるよう短くなった髪を整えた彼女は、二枚の契約書に向かい筆を落とす。そこには『シエル』と名前だけが記され、淀みのない澄んだ青文字が浮かんだ。
 遠くの空を飛ぶ水鳥の声がする。それに誘われるまま自由にはばたくというのは、どんな心地なのだろう? 果てのない空を見あげてよく夢想したものだった。

「今までろくに国を出なかっただろう。無いのか? 行きたいところとか」
「そうね。うーん……あ! ロイスの首都に行ってみたい」

 ヴァンベルグの名前を捨てるなど、今の今まで考えたこともなかった。けれどもこうして現実のものとなった。夢でも見ているのだろうかと疑ってしまうが、傍にいてくれる青年の姿が現実だと言っている。
 娼館が建ち並んだ猥雑な薔薇小路を二人でじゃれあうように歩く。足取り軽くつい話しに夢中になっていると道幅が狭くなったこともあって、反対方向から来た紳士とセスの肩口とがぶつかってしまった。

「これは申し訳ない、若人。少しばかりよそ見がすぎたようだ」

 軽く会釈した紳士の姿にセスは、シエルは、心臓を凍りつかせた。ぶつかってしまったのはよりにもよって、あのカイン伯爵だったからだ。幸いにも相手は気づいていないらしく再び会釈をすると足早に去っていった。そそくさと逃げるように薔薇小路を抜けると、とにかく手間をかけながら陸路でルウェン中立領へと向かう。
 本当ならそのままロイス行きの乗合馬車に乗るつもりでいたが、別のルートを使ったほうが安全かもしれない。レムギアの国内へ引き返すようにキーリカ領へ向かう馬車に乗り、ザームに到着するなり現在はもぬけの殻になっているヴァンベルグ邸に身を隠す。

「そろそろ行きましょ」
「ああ。頼む、案内してくれ」

 身を隠して数刻、ようやく待ち焦がれた夜が訪れた。防寒対策と荷物を整えなおすとシエルに先導してもらい、カンテラを頼りに監視小屋を目指す。そこから枯れ草を踏みわけ足場の悪い獣道へと入ってくのだ。
 見えてきた小高い丘――宵待花の群生地を越えて、さらに東へ歩き続ける。枯れてしまった三つ又の大木が見えるところまで来たら、頭上を見上げて星の位置を正確に把握する。闇の中で煌めく紫紺の一等星が見えた方角が北になるから、それを頼りに北へ抜けることを目指す。
 うっそうと茂っていた森の木々たちだったが、奥に進むにつれて少しづつ人為的に整えられた形跡が見えてくる。それでありながら道幅が急に絞れて曲がりくねったりと緩急がつき、目に見えて足下が悪くなってきた。

「きゃ……!」
「危ない、大丈夫か?」
「ええ……どうにか」

 星を確認しようとして何度か躓づきながらも悪路を歩き続けていくと、断片的に舗装が残っているだけの古道とおぼしき残骸がちらほら見えた。その形跡を皮切りに先へ進むほど道が整いはじめ、期待するように二人の歩幅が広くなる。
 深い森を完全に抜けきれば、まったく見知らぬ風景と一本の太い街道にあたった。近くに監視小屋が見当たらない様子からも無事に未開の森を越えたのだと実感したのだ。

「お前さんたち、レムギアからの駆け落ちかい? なんてなあ。昔は森越えも多かったみたいだが」
「この馬車はどちらへ?」
「首都のプリュスだよ。よかったら乗ってくかい」

 明け方の森近くにいた年若い男女を不審に思ったのか、その場に馬車を停めた中年の御者が声をかけてきた。人もまばらな乗合馬車に乗せてもらうと、それに揺られること数時間。揺れが心地よくなってきて、気づけば二人して身を寄せてうとうとしていた。
 だんだんと白みはじめた空に見えてきたのは、白と青が基調の見慣れない街並み――目的地の候補に挙がったロイス聖王国の首都プリュスである。切り立った崖と大きな泉を背負うように建つ大理石の城では、国主である聖王女が起居しているのだという。区画ごとに異なる活気や喧騒がある城下町も、今だけはすべてが寝静まっているかのようだった。


***



 手頃な宿に落ち着くと、荷物を置くのもそこそこに抱きしめられる。すんすんと匂いを嗅がれるたび、シエルは恥ずかしそうに身をよじった。廊下から他の旅客たちの話し声や物音がする。これから朝が始まって、彼らもこの首都を観光するのだろうか。
 それから昼近くまで寝入ると身支度を整えて二人はプリュスの街を歩いてまわる。大通りの絶えない喧騒や、青空を飛ぶ風船を見上げる子供たち。路上で売っていたタルトレットを頬張りながら、のんびりと観光して歩いた。
 次の日の朝には首都を離れ、聖王国でも奥まった東の辺境へと向かう。小さな屋敷を買い取ってあり、そこに根付くつもりでいるからだ。アズマにも近いその場所は、行商人たちが立ち寄る宿場でもある。

「お嬢ちゃんたち新婚かい。気をつけなよ」
「ありがとう、おじさん」

 こうして普通にしているにもかかわらず、そのように見えてしまうものだろうか。新婚なのは事実であるが、どうにも気恥しさが勝る。小さくまとめた荷物を下ろしてもらいながら、それでも嬉しいのかシエルは無邪気に笑った。

「さ、行きましょ! ええと、その」
「どうした? シエル」
「その……行きましょ、セス」
「……! ああ、行くか」

 遠ざかる蹄の音を見送れば、シエルはセスの腕を取った。そうしてもごもごと言い淀んでいると、彼は不思議そうに首を傾げる。
 驚きに目を丸くしたセスは、嬉しそうに表情を緩めた。これから二人で、ささやかな生活が始まるのだ。夢にまで見た今日が、こうして現実になった。これほど嬉しい日は初めてかもしれない。



 新居は聖王国からアズマ連合国へと抜ける途中、そのための宿場町である。町といってもどこかのどかさの残る、少し大きくて賑やかな村みたいなものだ。
 帝国ほど長くじめじめと雨が降らないのはありがたいが、それでもいかんせん洗濯物は溜まる。そんな季節の移ろいに、仕方がないとはいえシエルは溜め息混じり。
 そこには子供たちに読み書きを教える彼女と、村の細工職人を手伝う彼の姿があった。
 初めでこそよそよそしくなってしまったが、明るく暖かな村の様子に自然と溶け込んでいったのだ。以前は軍に身を置き鍛錬を欠かさない生活だった癖が抜けず、セスに至っては村の自警団の青年たちを相手取っている始末である。

「ただいま。酷く降らなくて良かった」
「雨なのにまた鍛錬? 本当に変わらないのね」
「身体が重たくなる気がするから……その、ついな」
「貴方の『つい』で皆が音をあげてるのね? ちょっとは考えて」
「うっ…………済まん」

 なかば呆れながらも叱るようにぴしゃりと言いきったシエル。手拭いをかかえて階段を登りかけ、何かを思い出したように降りてくる。セスにそのうちの一枚を差し出してやると、彼は拭いてくれと言いたげに甘えてくる。
 そんな仕草ひとつ取ってもまるで大きな犬か子供みたいだ。かかえていた手拭いを置くとシエルはわしゃわしゃと拭いてやる。髪を拭きながら整えてやると、そのまま水気を吸った手拭いを首から掛けさせてしまう。さいわいにもずぶ濡れでは無かったが、油断したら風邪をひいてしまうかもしれない。
 着替えてくることを勧めようとして、彼が小脇にラッピングされた箱をかかえていることに気づく。雨のなかを走ってきたにしてはあまり濡れていない。そのことから濡れたら困る何か……と推察してみたけれど、答えは出ないままである。

「ね、ね。あなた、その箱どうしたの?」
「む……これは、その……お前にだな」
「私に? いいの?」

 何度も確認を取ったシエルは、はやる気持ちを抑えながらラッピングをほどく。箱を開けて見るとそこにはガラス細工で造られた円形の小さな鏡台が入っていた。色とりどりに切り出されたガラスが散りばめられ、それはどこかステンドグラスを思い起こさせる。
 聖王女に求婚した男も鏡を贈ったものでなあ、婆さんや。
 彼女の好きな細工を施したものじゃったと言うのお、ふぉっふぉっふぉ。
 ふと近所での井戸端会議を思い出す。聖王国では求婚するときに鏡を贈るものらしい。古い言い伝えに倣ってのことらしいが、どうして彼が? いいや、そもそも書類の上では結婚しているのだ。なにも今更、こんな形にこだわらなくとも……と思うけれども。

「その、何だ。こちらでは鏡を贈るものだと聞いたから…………青の色を程よく出すのに難儀した」
「わざわざ細工からやってくれたの? ……村に来たばかりの頃と比べたら見事なものね」

 どこからどう見ても仲睦まじいのに求婚していない。その事実に痺れを切らした周囲に上手く踊らされているのだと、この男は気づいている。そういった思惑に気づいたうえで、そのようにするのが最善だと気づいた。以前から考えれば大きな前進と捉えるべきだろうが、なぜだか素直に喜べない。
 けれども、彼が自由にできる少ない時間と手間とをかけてくれた鏡を受け取らない女などいるのだろうか? 自問してみたが答えは分かりきったもので、シエルは大切そうに鏡台を抱きしめた。


***



 そろそろ寝ましょ。そうは言ってもなかなか寝つけなかった。気持ちが落ちつかなくて、今日一日ふわふわしたみたいな心持ちだった。それだけ改めて求婚されたのが嬉しかったのだとシエルは知った。
 隣りで寝息をたてているはずの大きな気配を探っていると、それがびくりと揺れた。聴こえてきた低い唸りに、うなされているのだと気づく。慌てて身を起こすと、セスに手を伸ばして肩口を揺すって起こしてやる。

「あなた、大丈夫…………?」
「夢――か。情けないな」
「そんなこと」
「気休めならいいんだ。分かってる」

 そんなことない。言いかけた言葉を当てられ、シエルは何も言えなくなってしまう。それを気休めだと理解しているのであれば、なおのことだ。根本的な解決が必要なのだろうとは思うが、いったいどうするのが最善なのだろう。
 あれこれと考えていると表情が渋くなるどころか、眉間に皺が刻まれてくる。そんな些細なところも似てきたのだと思えば微笑ましいが、彼の思っているところに皆目見当がつかないことの方が悔しい。

「お前までそんな顔をするな。僕がいつも難しそうな顔してるみたいじゃないか」
「私から見たらセスはいつもこんな調子よ」

 ぷく、と頬を膨らませて顔を背ける。何気ない仕草が似てきた嬉しさよりも、見当がつかないことの方がずっと許せない。そんな自分が不甲斐なくてシエルは枕に顔を埋めようとした。――その時だった。

「あの男にできて僕にできないこと。色々と考えてみたが、結局分からずじまいだな」

 ぽつりと洩らされた一言がシエルの心を静かに抉ることになるのだと、誰が思っただろう。どこか寂しげな声音に引っぱられるようにセスの表情を視界に入れると、その表情は苦しげに歪む。その顔にざわざわと心が波うって、何がそんな表情をさせるのかと今にも問いただしたいくらいだ。
 いつかの記憶が彼にそんな顔をさせているのだろう。カイン伯爵とを比べて、その差が明確になる瞬間……。そこまで考えて、もしかしたらと行きあたったひとつの事柄。それが彼のなかで傷になっているのだろうか?

「シエル、訊いてもいいか。お前は、あの男に何を望んでいたんだ? 僕じゃ、駄目なのか……?」
「……っ! それは……あなたが望むのなら話すけど……笑ったり、しない?」
「僕にとっては重要なことだ。どんなものであれ笑ったりするものか」

 きっぱりと言いきる彼に、シエルはぎゅうっと抱きつく。こういう時の彼は信用できる。昔から、変なところで真面目だから――笑ったりなどしない。とはいえ、そもそもの理由を知ったら、呆れるかもしれないけれど。

「あなたとナハト兄さんに、父親らしいことしてあげて欲しいって。だって、私やカノンにはとてもよく優しくしてくださるのに……あなたたちにはちっともなんだもの」
「まさか僕たちが帰るたびに座学だ、剣だとあの男が言いだしたのはお前が……?」
「そうよ。…………呆れた?」

 ちらっと視線を流すとセスは軽くかぶりを振るって抱き返してきた。優しく髪を梳って飛び出た耳を撫で、そのまま首筋をたどる。物言いたげに彼の指先が執拗にそこを撫でた。
 びくっと震えてシエルは身を離そうとする。だが、しっかりと抱きしめられてしまいそれは叶わない。赤くなった耳朶を甘く食まれると、無造作に性感に触れられて小さく声を洩らす。

「……ありがとう、シエル。そこまで身を賭してくれていたとは思わなかった。僕はこんなにも愛されて果報者だ」
「あなたったら大袈裟よ……もう」

 啄ばむような口付けの合間、吐息混じりに猛った肉茎が擦りつけられる。ここまで硬く主張するそれで、そんな風に訴えられたら咎めるのも馬鹿らしくなってくる。ゴツリとした大きな手が身体のラインをたどり、それが腰で止まったかと思えば焦れったく撫でまわす。

「んっ……くすぐったいわ……」

 細い腰が小さく揺れて、スカートとペチコートだけが覆う脚を少しだけ誘うように開いた。下になったセスに覆いかぶさるように手をついたシエルは、腰を覆う布が取り払われるのを感じる。
 恥丘や恥裂の縦溝があらわになり、いきり勃った肉の先端が擦りつけられた。慣らしもせずに押し入ってくるかすかな苦しささえも、そう待たずに甘美なものへと変わる。

「ふ、ん……ぁふ……っ! はやく、奥まで」
「ん……分かってる。そんなに奥が好きなのか」

 よほど我慢できなかったのだろう、それでもセスは根気よく亀頭だけを浅く抜き差しする。その緩慢な動作に焦がれたように、シエルはきゅんっと締め付けるのを止められない。じゅくりじゅくりと濡れていくのが分かる。
 根元まで咥えて、奥の奥までたっぷりと味わって欲しい。
 そんな願いが通じたのだろうか、そろりそろりと先端が進められる。コツッ……と軽く子宮口をノックして、最奥まで到達したことを身体に伝える。すると、狭い胎内が悦びに騒いでみっちりと絡みつくのだった。

「ひぁ……! 止まらないの、ねえ……っ」
「ごめん、我慢できなくて……加減できない」

 下から突き上げるようなセスの動きに合わせて自然と腰が揺れた。繰り返し肌同士がぶつかる音と、荒く乱れた呼吸だけが支配する。愛蜜で濡れた肉が擦れるたびに一段と息が荒くなり、互いに上り詰めることだけで思考がいっぱいになる。
 愛してる。
 愛してるの。
 きゅうっと胎内を締めたり、震えるように肉茎が脈打ったり。全身で訴える。どんなに綺麗な言葉を並べるよりも、肌を重ねることが二人にとっては確かな事実だからだ。滑らかな柔肌に口づけ、そのまま小さく揺れる胸に吸いつく。硬く尖った乳首を弄びながら下腹部の奥を掻きまわすたび小さな肩が跳ねた。

「ふぁ……ぁああああ! すごい、気持ちいい」
「……僕も、気持ちいいよ」

 どろどろと奥に精を吐き出されるたび、小さな身体は欲するようにうねる。その心地良さに恍惚としながらも、ピンポイントで一点を責めてくる動きに、シエルは震えながら蜜を迸《ほとば》しらせていた。ずるりと萎えた肉茎が引き抜かれる感覚さえも愛おしい。とろりと混ざりあったモノが痙攣する脚を伝ってシーツに染みてく。熱く熟れた結合が解けても、その体躯を離すことは無かった。