第三章 調教師の甘言
穏やかに晴れた翌日。
監査の名目で青年将校が連日訪ねてきたことに、貴隷の娘たちはきゃっきゃと黄色い声をあげてはしゃいだ。そんな様子を「はしたないわよ」と女主人に窘められても、なお止まらない。むしろ波及していく。あまりの盛況ぶりにセスは何も言えず、つい眉間に皺が寄ってしまった。すると、それこそ見るに堪えないと言いたげにシエルの指先が触れ、さすさすと優しくさすった。幼い頃と変わらない仕草に、どこか胸を撫で下ろす自分がいる。そっと離れていった彼女は、チリンと手元の鈴を鳴らした。
「アインツ、彼に薬品棚を見せて差しあげて」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
貴隷たちもそうだが、あの時に助けた子供も体調面に問題は無さそうだった。衛生面も問題なくクリアだ。あとは違法薬物が無いかを確認するだけだ。小間使いに案内されながら、並んだ棚を順番に見てまわる。アインツからひとつひとつ丁寧に説明を受けながら、ふとセスの目が留まったのはやけに量が少ない無色透明の薬品だった。腸内の浄化剤や恥毛を除去する脱毛剤――そのどれもとは違った様相に、なんだかとても興味が惹かれた。
「それは貴隷の懲罰などに使われるそうですよ。俺も詳しくはないのですが」
「……そうか。この家紋と印は正規品だな。問題ないだろう」
最後の棚のチェックを終えると、セスは気乗りしないながらも貴族たちに混じって調教風景を眺めていた。調教中の貴隷はシエルより少し幼いくらいだろうか。その唇に収めるには凶悪すぎる肉塊がすでに用意されている。調教用に訓練された専用の肉棹ということもあり、彼らは棹男などと呼ばれていた。その顔の半分を仮面で覆っているため表情は窺えないが、この制度や風習を肯定する部類であることには変わりないだろう。今日は口淫のやり方を教えていたようで、終盤には『お恵み』と称して貴族たちの肉茎が一斉に向けられ、無残にも白濁まみれになっていた。
「あのお方、またお越しになってますね」
「ベルが気になるのではないかしら」
「えっ! シエル様でなく、ですか……?」
ついさっきまで白濁に沈んでいた少女は、青年の姿に気づいたようだった。彼女は確か……と、慌てて資料をめくる。この資料と見立てに間違いが無ければ、フランソワ子爵の令嬢だ。子爵の没落ぶりは何度か耳にしたことがあったが、まさか年頃の一人娘を差し出すほどとは。結ばれた三つ編みが、まだどこか垢抜けない印象を感じさせた。
気兼ねなく名前で呼ばれたベルは、不思議そうに女主人を見やった。それから意味深に青年を視界に収めると、真っ赤になって俯いてしまった。綺麗な蜂蜜色の髪を揺らしながら「でも」と口ごもり、何かを言いたそうにもごもごしている。やがて意を決したのか、二人を視界に入れなおすと慎重に言葉を選んでいる。
「わ、私! その……見ちゃったんです。執務室で、その……シエル様と、あの……」
ちらっと群青色の瞳が男を見上げて、さらに耳まで赤くなると表情を覆った。そんなふうに初心な様子が不覚にもいじらしく、同時に微笑ましかった。セスはベルから視線を外すと口元を覆う。調教師と貴隷志願者はその身元を引き受けるさい、仮の主従契約を結ぶ。のちの飼い主となる貴族たちとの隔たれた関係や、自身の立場を染みつかせる目的もあるのだろう。同じ屋敷で過ごしながらも、つまるところは商品だ。
貴隷を志す者はどこか薄暗いものがあり、主人ももっと冷めたものだと思っていた。二人は仮にも主人と貴隷であるにもかかわらず、どこか友達がじゃれあうような雰囲気だった。調教を施している時のシエルは、その一切を排している。今見せているような微笑など、久しく見ていない。
「そのことを他言しては駄目よ。分かるわね?」
「……ひっ! わ、わかりました……!」
カタカタと小さく震える貴隷の少女に、女主人は釘を刺して言い聞かせる。詳細は分からないが、あまりの怯えように見ているのが気の毒になってきた。だからといって迂闊に助け船を出して失敗するのも大事である。そうしているうちに完全に機会を逃してしまうのだった。
じゃれあいを終えると、シエルは勉強会と称してセスの腕を引き、ベルを伴って夜会へと赴いた。会場では今日も音楽が奏でられ、これでもかと贅が尽くされている。貴婦人と区別すべく首枷をしたベルは、同じく貴隷の少年と懐かしそうにダンスに興じていた。気が向いたシエルもセスを誘ってダンスに興じていたが、相変わらず上手く踊れない。ステップだけで構成されているにもかかわらず、いつも同じところで躓づくのだ。勢いあまって身を預けてきた少女を軽く抱き留めると、青年の視点は一点に固定される。
「珍しいのね、あなたが夜会に顔を出すなんて」
「……お前こそ顔を出していたとはな」
ダンスを終えて談笑がてら少量のワインを口にしていると、シエルの元に見慣れない淑女が歩み寄ってきた。小声で「彼らと同じものを」と言葉にするや差し出されたグラスに手を伸ばし、セスを狙って容赦なく中身がぶちまけられた。しかし、何かを察知した彼が半歩ほど下がる。するとグラスから飛び散ったワインはぶつかるアテを無くし、不運にもばしゃりとシエルにかかってしまったではないか。
この有り様には、さすがの少女も感情を動かした。引きつった笑みを貼りつけて、とぽとぽと火に油を注ぎ込んでく。これは確かにお気に入りのドレスではあるが、それを汚されたことに立腹しているのではない。単純に、恥をかかせる方法を間違っているから怒っているのだ。
妻に逃げられるどころか、彼としてはまったく歯牙にかけていないじゃないか。所詮は形式だけの関係だと見て取れた。下級貴族の娘だろうとは思うが、うまく乗せられたに違いない。それを踏まえると、第一夫人という立場に固執するのも憐れに思えてくる。
「ずいぶんと狭量なのね? それでは彼が可哀想だわ、相手にされていない自覚もないの? おめでたいこと」
「言わせておけば……! 調教師風情が、誰にそんな口をッ」
少しの風が煽り立てただけだというのに、カッと怒りに顔が紅潮した湧きあがる感情のまま、その手が振りあげられる。シエルは襲ってくるだろう痛みに目を閉じたが、一向にそれはやってこない。不思議に思いながら、ゆっくりと瞼を開けてみた。すると、振りあげられた腕がそのまま、何者かの魔術の糸で固定されてしまっているではないか。
「こんなところで子猫たちが縄張り争いかよ。ほどほどにして欲しいもんだな」
「ナハト様! あれ以来ね、無沙汰しているわ」
「よお、久しぶりだな。相変わらずで安心したが……あんまりおイタするなよ」
底抜けに明るい軽口と、形だけの警鐘が聞こえてきた。どこを取っても胡散臭い振る舞いに、シエルは立てようとした爪を黙って引っ込めた。それを確認すると、女の動きを縛っていた魔術の糸は消失する。淑女はそれを振り払うと、居心地が悪そうに別のテーブルに移ってく。何事かと騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきたベルに、無事であることを伝えると先に屋敷へ帰してやる。会場を出たシエルたちは、次の馬車に乗り久方ぶりの再会を楽しむ。互いに近況を話し合い、どちらも変わりない様子に安堵した。
話している二人の様子を見ていて思ったのだが、兄と話しているときの彼女はよく笑うことに気づいた。自分と話しているときとは大違いというか。その微妙な違いがセスには上手く言葉にならない。ついつい黙りこくっていると、話題の中心に持ってこられたことに、話題を振られてから気づく始末だ。
「だから、お前はロクに嫁の手綱も握れねーのかってさ。お兄ちゃん情けねぇわ」
「それに関しては、その……済まない。まさか……んぐっ」
言葉を紡ごうとして唇を開いた途端、問答無用だと言いたげにシエルの指先が口内へと突っ込まれる。無意識に逃がした舌先を捕らえ、まるで叱るように痛みを与えながらつまんでくる。次第に口腔に溜まりだした唾液。だらしなく口端から垂れ落ちると、ニマニマと笑った彼女はそれを舐めあげながら、青年の胸元から伸びるを手綱か何かのように引いた。
その動作に沿うように半身を屈めると、先ほどワインのかかったスカートに鼻先を押しつけられる。恐る恐るだがちろりと舌を這わせれば、引かれた飾緒はぱっと放された。彼女は今の現状に満足している。そう解釈すると、ドレスからわずかに覗く素肌の領域を丹念に舐ぶりはじめる。
「そうそう、いい子は好きよ。利発な子もね」
肩口まで覆っている革手袋を脱がし、すらりと伸びる細腕を、綺麗に整えられた爪先まで口づける。それからスカート越しに太腿を撫でまわし、ゆっくりと脱がれたヒールのつま先までたどり、ちゅっと小さく音をたてた。ぼんやりとした頭の片隅で、ここは馬車のなかで、しかもあの兄の眼前だったと思い出す。そんな弟の内心を察したかのように、ナハトからはひゅーっと口笛が吹かれる。このうえなく煽られた羞恥心に、倒錯的に酔っていた心地よさも吹き飛ぶ。それを見越したシエルの膝が、タイツに包まれた足先が、厭らしく股間を撫でた。
「ぅあ……! 待て、こんなところで盛るな……ッ」
「少しばかり無理な相談だわ。ねえ? ナハト様」
よりにもよって彼女は傍観者に意見を求めはじめた。兄の答えなど訊ねるまでもないと思うが、モノクル越しに少女を見たナハトはニッコリ笑って「構わねーよ」と返した。何がそんなに、その右眼で一体どんな未来を視ているのだろう?
そうやってセスが気をそらしていることに勘づいたシエルから、無慈悲にも再開される刺激の数々。止まっていた動作がはじまった。それだけで嫌でもガチガチに硬くなっていくのが分かる。ジッ……と中途半端に下げられたジッパー。その重みを支えきれなくなって金具が下がりきると、顔を出すのは見事に屹立して上向いた肉茎。
「なぁに、見られて興奮するの? それともぞんざいに扱われるのがお好きなのかしら。んふふ」
ふぅっと耳元に息を吹きかけられたかと思えば、さわさわと両足のつま先が動く。添えられた短い十指が肉棹を扱くように動き出して、セスは内心で器用なものだと感心さえする。どろどろと溢れる先走りが唾液以上に濃い牡の匂いをさせた。じわりとタイツにシミを作りながら、シュッシュッと何度も上下する。その速度が増すたびに濡れたタイツ生地が敏感な肉茎を包み込むような感覚に陥り、その吸いつかれるような感覚の気持ちよさに、つい腰を振りそうになってしまう。馬車が大きく揺れるのに合わせて腰を跳ねさせた。それさえも見越しているかのように、しつこく亀頭を弄られ続ける。
限界が近いのかじわりと精液が滲み出て、雑な強さで扱われた途端に呆気なく吐き出してしまう。まるで堪え性のない様子をシエルはせせら笑い「はしたない子。汚れたわ」と白濁に塗れた足先を差し出す。ぴちゃぴちゃと後始末をはじめれば、満足そうな色を浮かべながらセスの髪を褒めるように撫でて梳った。
「まだ許してないわよ。……さ、これから乗りこなしてあげる」
「な……っ! も、いいじゃないか……!」
男に跨った少女は、煩わしそうに下着を脱いだ。蜜のしたたる縦溝を菱形に割り開き、ぬぷりとその肉を咥え込んだ。セスだけでなくナハトまでも、まざまざとその様子を見せつけられる。最初は浅く、腰の動きに合わせて次第に深く。シエルの息遣いに合わせて肉壁が蠕動し、律動が本格的なものに変わると、奥からこぽりと蜜が掻き出される。コリッと何度も子宮口を押しつけられるたび、その感覚や与えられる快感は大きくなっていく。腰の動きひとつで男のすべてを握り、言葉どおりに乗りこなしている。まるで馬の腹に脚扶助を入れるように、太腿が横腹に添えられる。ゆっくりと握られる飾緒。これでは本当に馬と、その手綱じゃないか。
「……なんだかモヤッとするわ」
「だろうなあ。よしよし、お兄ちゃんが助けてあげよう」
不満を示すように、乗りこなしているセスの上から降りない。言われるまでもなく視姦に徹していたナハトに、ぼそりと本音をこぼす。少女のそんな姿に何かを思いついたのか、意味深に尻の丸みを指先でたどる。その何気ない仕草から何らかの意図を察したシエルは、そちらに尻を向ける。すると、ナハトは躊躇《ため》らうことなく下肢に顔を埋めた。じゅるりと愛蜜が吸われる音がして、あとは子猫がミルクでも舐め取るかのように舌先が動く。愛撫にも満たない緩慢な動きだが、過敏になっているシエルは小さく悶えながらセスに縋りつく。
両手が尻肉を支え、無毛の恥丘をさらに深く割った。嵌められた手袋の生地がしっとりと濡れ、熟れた胎内にもぐりこませれば、奥から何かを掻き出すようにまさぐる。余計な水分が吸われ、どろりと固まったように垂れ落ちてきたのは、混ざり合った精液と愛蜜。口内に溜まっていくそれを、ナハトはコクコクと飲み下していった。
「ナハト様のそういうところって変わらないわよね。……んっ」
「だって俺、セスに嫌われたくねーもん」
「素直に可愛いっておっしゃればいいのに。あ、ちょっと! もう、意地悪」
嫌われたくない、その言動とは裏腹の行為。口元を拭った兄の変態的な欲求を満たすために利用された気がして、なんだか素直になれない。彼女から離れるように促そうとして、セスは先ほどシエルが「意地悪」と言葉にした理由を知る。
彼女の柔らかな肌には、いくつかの鬱血した痕跡が散っている。当面の男除け……にしては数が多すぎるくらいだ。そこに微量の欲を感じると、次第に許せなくなってく。危険を察知して逃げようとするナハトを捕まえ、容赦なく物理的な制裁をくだすのだった。
「その関節はそっちに曲がら……痛っ! いつもお前ばっかりズルいんだよ! あー痛え」
「僕への咎めなのだから当然だろう? 第一、兄さんはいつもベタベタしてるじゃないか。この見境無しめ」
狭い馬車内で吠えあう男二人を微笑ましく見つめるシエルだったが、なかなか収まりのつかない様子には「そういうところは変わって欲しいくらいよ」と呆れながら交互に抱きついた。
対等な扱いであってもセスは納得がいかないのか、むすっとしながらすり寄ってくる。そんな表情が、大きな体躯が、愛おしいと昔から思っているのに。この感情をどう言葉にすれば伝わるのだろう? 分からない。分からないのだ。