第四章 綺麗なもの




 クロイツ家に来てから季節が移ろって、気づけば二度目の春が訪れた。このローデという街は排出される蒸気のおかげで気温が高く、吹き抜けになるザームよりずっと暖かい。春先の室内にもなれば下着で過ごせるくらいだ。カーテン越しに穏やかな春陽が差し込む。ゆっくりと暖まりだした部屋の空気に、もぞもぞと布団の中で動きまわる。やがて半身を起こすと、静かにベッドを抜け出す。
 するりと抜け出した足先は柔らかそうな素足。幼いながらも実に肉感的なふくらはぎがあり、その先の太腿は真っ白な絹袋に包まれている。ドロワーズより上は微かに膨らみだしたシュミーズだけ――と、なんとも無防備な寝姿である。小さく息を洩らしながら欠伸を噛んで背中を伸ばしていれば、背後から聞こえてきたのはカタリとした小さな物音が。

「ごめ……! じきに兄様たちが着くんじゃないかなって思って……その」
「もう。ちゃんとノックくらいして、カノンのばか」

 声をあげたのは世話係のメイドではなく、片割れだった。まさか下着で過ごしているなどと思いもしなかったのだろう、彼は真っ赤に頬を染めてもじつきながら視線をそらす。その、ささいな仕草からシエルは気づいてしまったのだ。カノンがズボンの前をぱんぱんに張らせているという事実に。
 ノックくらいして、ともっともらしく言葉にしながら彼女はその背後にまわり、コリコリとしこりの残る小さな膨らみを押しつける。そうしてカノンの意識をそらしているうちに、服をたくしあげながら指先を潜り込ませては素肌を優しくまさぐった。

「んっ……んんぅ、は……んッ! だめぇ、擦ったら出ちゃうよぉ……ひぅっ」

 真っ平らの胸元には紅く熟れた乳首が主張し、それを指の腹で触りがてらへそ下をたどる。そっとズボンの中へと忍び込めば、問答無用でその中心を握り込む。先端を包むように撫でまわしながら、幼い肉棹を優しく上下に扱きあげる。こしゅっこしゅっと優しく手のひらが擦りあげたり、細指がしなやかに絡みついて厭らしく蠢《うご》めく。
 シエルは意地悪く制止を振り切って、より一層に激しく愛撫してやる。すると、びくびくと全身を震わせながら面白いくらい簡単に上り詰めていったではないか。女の子顔負けに可愛らしい表情を堪能しながら、肩で息をする身体を自由にしてやった。体液で汚れた指先を拭きながら満足そうに「着替えるから出て」と言っては淫靡に笑う。
 今になって思えば、カノンとは歪に依存しあっていたような気がする。双子ゆえの独特な感性が拍車をかけていたと思う。男女が求め合うような真似事をしては、その空白を埋めようと必死になった。少しずつそれが薄れていったのは、やっぱりセスやナハトとの出会いが大きいだろう。セスは鈍感なくらいだが、ナハトは特にそういった機微に過敏なようで、シエルが感情を隠しても無駄だったのだ。

「今日のお洋服、これにしようかなあ。でも……うーん」
「シエル様、こちらのスカートをお召しになったらいかがでしょう。とてもお似合いだと思いますよ」

 無事に仕官が決まり、屋敷を構えている中央領からセスが帰郷してくる。たったそれだけなのに、例えようがないくらいに心が弾んだ。シエルは部屋のクロゼットを引っ掻きまわし、あれでもないこれでもないと服選び。少女の精一杯の背伸びを、メイドは微笑ましそうに手伝ってくれたものだ。
 着替えを済ませ、髪を整えおえると再び鏡を覗く。赤い瞳が楽しげに揺れて、無邪気に笑う表情を形づくっている唇からは白い歯が見える。思い出したように曲がっていたリボンを結びなおして、シエルは玄関先へと小走りに向かって行った。

「お帰りなさい、お兄さま」
「あれほど迎えはいいと言ったじゃないか。まったく」
「い・や! 私だって、私だって……」

 もじ、ともじついたシエルの姿を初めでこそ不思議そうな表情で見やった男二人。少女の様子から何かを勘づいたナハトが、これでもかと面白がって横槍を入れてくる。焦れったそうにしながら彼女をふわりと抱きあげ、左右で色味の異なる瞳でその顔を覗き込んだ。
 すると、モノクル越しの瞳にゆらりと炎が揺れる。それが情欲を示したものであることは、痛いくらいに伝わってきた。静かに燃えて盛る焔の様子を眺めていると、やがてシエルの身体はくったりと脱力したのだった。

「何を考えてる! 兄さんッ」
「バカ言うなよ。俺は身を守っただけだぜ? それともなんだよ、お前が相手してくれるのかよ。代替案」
「……やめてくれ。気色が悪い」
「じゃあダメだな。シエルは俺とデートに行こうな。お兄ちゃんが何でも好きなもの買ってやるよ」
「待て、今すぐ代案を立ててやる。だから離れろ」

 目に見えた弟からの難色に、ナハトは楽しそうにけらけらと笑う。優しく支えていたシエルをゆっくり立たせると、さらに追い討ちをかけるように続けるのだ。聞き捨てならない。そう言いたげに、ぽきりと鳴らされた指の関節。セスは容赦なく兄の首根っこを引っ掴み、関節技をかけて締めあげる。逃げる間もなく捕獲されたナハトは小さく呻き声をあげ、押さえ込まれている身体を必死に暴れさせていた。こうしていると、なんだかんだ言ってもこの二人は仲が良いと思うのだ。ようやく技から解放されたナハトの手を取り、シエルは目当ての青年の腕も取る。すると、寄せられた眉根が少しだけ緩められた気がした。
 青年たちを引き連れた少女は、ローデの大通りを闊歩した。ショーウインドウを覗き込んでは、くるくると表情を変える。そんなふうに小さく咲いた花が、男たちには純粋に可愛らしく見えたものだ。路肩の魔術灯に火がともり、あっという間に周囲は暗くなりだした。最後に覗いた店の、あの香水は好きかもしれない。ボソリとセスが小さくこぼずと、背伸びをはじめたシエルは嬉しそうに訊ね返してきたのだった。あまりに訊ねてくるものだから、黙らせようとして買い与えてしまったのは言うまでもない。
 その翌朝、屋敷の応接間にカイン伯爵と二人の息子たちが居た。普通なら当たり前であろう光景だが、このクロイツ家では少し違った。なんとも珍しい組み合わせに、メイドたちは「今日か明日は大雪かしら」などと口を揃える。息子たちと父親は、黙ってチェスに興じていた。その勝敗の行方を、じっと見つめる双子。

「今回も俺の勝ちだな。よーし、お前たち遊びに行こうぜ」

 観戦していた限りではナハトたちに分があったようで、カイン伯爵はすっかり眉を寄せていた。早くに勝敗は決していたのだろうか、盤上の遊びを切りあげた彼はだらしなく丸めていた背中を伸ばした。その手元に寄って行ったシエルとカノンは、わしゃりと交互に撫でられ嬉しそうに表情を緩める。そんな姿を見ていて、セスも何かを思ったのだろう。珍しく彼のほうから手を伸ばしてきた。
 不器用そうな手が丹念に少女の髪を梳ると、そっと指先に絡めて遊ぶ。出会った時とくらべたら、見事に伸びたものだ。傍らで見ていたカノンが不服そうにしているのを見て、宥めるようにわしゃっと雑に撫でてやる。それでさらに機嫌を損ねたのか、彼はべたっとナハトにくっついて離れようとしない。

「何処に行くんですか? ナハト兄様」
「ん? 内緒だよ。まあ楽しみにしておけって」

 上機嫌なナハトに連れられ、四人で出向いたのはゴルダ丘陵地だった。春先には真っ白な小花の絨毯が広がってく。真雪草と呼ばれる小さな、それこそ女の子が花冠を作って遊ぶのに丁度いいくらいの白い花だ。それと緑とで埋めつくされた一面を眺めながら、見晴らしのいい場所でわいわいと寛ろぐ。
 到着してからというものの、何やら手元の作業に集中していたナハトは、その出来栄えに満足そうな笑みを浮かべた。同じように黙々と集中しているシエルを呼ぶと、そのか細い首元に真っ白なチョーカーをつけてやった。

「わあ。シエル、お姫様みたい」
「んふふ、美人になったなあ。大きくなったら俺と一緒に祭壇まで歩こうな」
「ずるい、ナハト兄様ばっかり。僕も一緒にいく!」

 ほどなくしてセスからはティアラが、カノンからは指輪が贈られる。こうして純白で飾られるのは、なんだか不思議な気分だ。つい落ち着かず、そわそわしてしまう。片割れのなかでは掛け値なしにそう見えるのだろう、やっぱり同じように落ち着きがない。そんな姿を揶揄されて、少年はころころと表情を変える。シエルの手を取ったナハトに、大慌てで続くカノン。二人にエスコートされながら、彼女は白い絨毯を踏みしめる。視線の先には、大好きな彼がいて――。
 こんなふうに暖かくて楽しい日々が、ずっと続いたらと思っていた。ずっと続くと、思っていたのだ。